森のイスキアの佐藤初女さんを思い出しました。
言葉や行動や思いが祈りになっているか – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=dbjXKDS4vMM
愛先生による概要
時代原理が変化しています。物質が不足していた状態から、おおむねの物はほぼ人類にいきわたりました。動物とはまったく違ったレベルで物を与えられています。
物資がいきわたれば、次は足るを知ることで開けてくる、思いの世界の存在です。思いの世界とは、形にはならないが、あると思われる世界のことで、
意識界ということもできるし、死後の世界も神の世界も含む、あらゆる無形の世界のことです。
そんなものはあるはずない、、、というのは、物が不足していて物欲が強いときにはそう思う人が多かったかもしれませんが、今はそうではないと思います。
健康食品屋さんのお弁当に、私は独特のまずさを感じることが多いのですが、その理由は、おそらく「あれが悪い、これが悪い」と頭で考えすぎて作られたものだからだと思います。もちろん、そういう考えに同調している人にとっては、おいしいのかもしれません。
何が言いたいかというと、思いが製品にもあらわれて、これからの時代は、物自体よりも、物から受け取るメッセージによって、おいしく感じたり、よくない物に感じたりする、そういう時代になっていくだろうということです。
そうなると、思いがなかったり思いが悪い環境で作られた製品は、売れないようになっていくでしょう。ヒットするものは、その内容だけでなく、どういう世界と繋がって作られたものであるか、、、、が、手に取るだけで伝わる、そういう本当の意味で怖い時代になっていくと思います。
これまでも本当はそうだったのですが、物質不足により、目に見えない思いの世界など、どうでもよく、とにかく必要な物が欲しい、、、、という流れが強かったので、わからないだけだったと思うのです。
しかしこれからは違います。どういう思いを持つ人が作ったのか、どういう姿勢で作ったのか、そこに祈りのような思いがあれば、それをキャッチする人が多くなる、、、、
どれが売れるか売れないかが、そうしたことで決まっていく。頭からの物質合理主義者には、その秘密が絶対にわからない、そのため、何をしてもうまく行かなくなる。
個の祈り、家庭の祈り、地域の祈り、国家の祈り、、、それが栄枯を決めていく、、、思いの時代の到来です。
教育のもっとも大切なことは、ある物理的レベルに達することより、物事を丁寧に、思いを込めて、祈れる人をつくっていく、、、ことに焦点がおかれるようになるでしょう。それは光を生み、光が幾多にも重なり、どこもが光り輝いて来る時代。曇りの多い国家は衰退し、地域も衰退していく。
問題は何かを当てることではなく、そこに住む人が、どうあるか、、、で決まる。言葉や行動が思いと祈りに満ちているか、、、
#想いの世界#まずい弁当#おいしいおにぎり