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「違和感をそのままにしない」 マドモアゼル・愛先生YouTubeよりシェア

マドモアゼル・愛先生のyoutubeをシェアさせていただきます。
とても大事なことをお話されています。
↓リンクと、愛先生による概要です。

違和感をそのままにしない – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=pIqTtBlC6AQ

人は死んだら裁きの庭に出されると言いますが、その裁きとは、他者に何をしたかではなく、自分として生きたか、、、ということだと思います。

私たちに命を与えた神は、その人がその人として生きてくれることが望みであり、それ以外何もありません。

私たちは生きる際に、色々な面倒があったり、制約があるなどして、本当の意味で自由に生きられるとは限りません。限界があるのはこの世の性質ですので、致し方ないものですが、それをどう受け止めたかが、問われるようです。

苦しい時に苦しいと思えば、違和感はありません。嬉しい時に嬉しいと思えれば、違和感は生じません。

本当は苦しいのに、苦しくなんかない、、、と思えば、違和感が生じます。
本当は嫌いなのに、好きだと思えば、違和感が生じます。

あの世の裁きの庭で裁かれるものは、違和感をもちつつ本来の自分を捨てて来た姿に対してなのです。そうでないと、スムースにあの世にいくことができないからです。

あの世では嘘が通じませんので、自分に対する嘘が一番やっかいなものとなります。人に嘘をつくのもいけないことですが、それ以上に自分に対する嘘が裁かれるわけです。

ちょっとした際に誰もが感じる違和感について、考えてみました。

***シェアここまで
ありがとうございました。

転載シェア「底抜けに明るかった江戸の日本人」

「底抜けに明るかった江戸の日本人」
沖縄在住のスピリチュアルな精神科医、越智啓子先生のメタよりシェアさせていただきます。
江戸時代好きの私はめちゃ同感です!

***ここからシェア

日本人って、陽気で、いつもご機嫌だったそうです。

よくいう、愛想笑いではなくて、本気で爆笑、の絶えない社会だったみたい。

400年~150年前、江戸時代のはなし。超、意外。

よく言う、”失われた日本”に対する、”ほんとうの日本”が知りたくて、

江戸時代の、外国人滞在者のレポートを読み漁ってます。

一番下層のひとたちも含めてすごく幸せそうでご機嫌なひとたち、そんな風に外国人の目に映ったそうです。

そして、気まずい場面、悪態をつくような場面で爆笑するひとたち。

ある日本人が、初めて世界地図を見せられて、日本が小さいことを示された時の反応は、爆笑(笑)。

2つの例、役人系と庶民、を読んだけど、どっちも爆笑(笑)。

人力車が数台たむろっていて、お客さんらしき人が近づいてきたので、

くじ引きで(かわいい!)誰がお客を取るか決めたのに、お客さんは通り過ぎて行ったとき、爆笑。

当たりをひいて、残念だった人、一緒に爆笑。

人々の規制をしようとやっきになっていた役人、うまくいかず、諦め、爆笑。

そんな明るいひとたち、ほんと大好きだ・・・

明るくて、客観的で、強いひとたち。

他に、意外だったこと。

日本人は、のんびり屋。

ゆったり仕事をしていたみたいだし、好きな時に休んでいたみたい。

その悠長さにイライラした外国人に急かされても、マイペース。

神経張りつめ、あくせくと、疲労疲弊しながら仕事をする・・・・ 

ということと無縁だったみたいで、仕事・プライベートを問わずに、ゆったりと楽しく日々暮らしていたよう。

町を歩いていると、何もしていない日本人によく出くわすっていう印象をもたれたほどで。

火鉢を囲んで談笑してたり、ぶらぶらしてたり、何か面白いことがあると、ワッと集まってくる。

この人たち、働いてるの?って思われたみたい。

こんな国民じゃ、社会の工業化は無理だろう・・・・そんな風にも思われたり。

できました、工業化。

捨てました、日々の喜び・・・・・ にっぽん。

のんびり屋だけど、決してなまけものじゃない。

当時すでに、世界水準1位くらいの、仕事をしていた人たち。

仕事を、生活を、愛していたんじゃないかなあ…

もひとつ、意外だったのは、子どもに甘かったってこと。

大人たちは、子どもがかわいくてかわいくて、”盲目的”とも言えるような愛を注いでいたそう。

道路のど真ん中で遊ぶ子ども。

ほほえみを向けながら、大きく迂回して通る馬車や人力車。

子どもに対してかんしゃくを起こしたり、

反対に泣いたり怒ったりすねたりしている子どもをまず見かけなかったという証言多数。

幼い子供など、ほとんど家庭の暴君っていってるレポーターも。

なのに、一定の年齢(6才から10才)を過ぎると、

世界中でもっとも、礼儀正しくて優しい、よく”しつけられた”子どもになってしまう。

乳ばなれもかなり遅くて、平均3さい、長い子で6才までおっぱい飲んでたみたい。

離乳が数か月早いの遅いのと大騒ぎしている現代とは大違いの、おおらかさ。

子どもが、”常に”大人社会の中にいたっていうのも、びっくり。

夜遅くまで、大人が集まって飲んで食べているのに同席してるばかりか、

会話に加わってたり、仕事場にもついていって遊んでいたり。

日本中、どこに行っても、どんな場所でも、たくさんの子供を見かけていたそう。

子どもに冷たかったり厳しかったりするのは、ここ100数十年、近代化の遺産だったんですね。

子どもの権利、子どもの自由、子どもの教育と騒がれてるけど、

すでに、たった150年前、解決済みの問題だったんだ。

限りない愛情を、家族と近所の人に注がれ、何でも見て、模倣で学び、自分の歩調でのびのび育っていた子ども・・・・ 

シュタイナー教育の理想じゃん!

教育に疑問を持って、興味持って、シュタイナーとかインディアンとか求めて学んでたけど、灯台下暗し。

日本で日本人の教育に携わるなら、まず日本を知らなくてはいけない。

そんなことを、改めて実感するエピソード。

日本に根差した、日本人に合った教育、ますます研究していきたいです。

話がそれたけど、
日本って、ほんと、自然も、文化も、そして国民も、すばらしかったんだなーと、読むほどに思います。

日本に対するイメージって、この30年しか自分で見てないわけで、

ここ90年のうちに生まれた人しか知らないわけで、正直ネガティブだった。

”日本人”、特に惹かれなかった。

でもでも、いまじゃ、にほん、にほんじん、大好きです^_^

めっちゃ、ナイス。かっこいい!

過去形なのは切ないけど、失ってまだ、150年しかたってないし。

一度はそうだったわけだし。

これからまた手に入れられないはずがない。

実は、陽気で、のんびりで、子どもの教育にたけてる日本人。

日本があんなだったなんて、ひたすら、嬉しい!

出典☆『逝きし世の面影』渡辺京二
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***ここまで
ありがとうございました。