カテゴリー別アーカイブ: ひとりごと

「怖がらせごっこに乗らない」マドモアゼル愛先生のyou tubeチャンネルより

本日2本目です。
マドモアゼル愛 先生のチャンネル動画よりシェア。
怖がらせごっこに乗らない – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=Sw94MAYyO40

以下の文章は、愛先生による概要です。

***ここから
私たちは、親からも先生からも先輩からも、また友人や同僚からも、そしてメディアや常識からも、実は一貫して言われ続けたことがあります。  

それは、「そんなことしてたら、そんなこと言ってたら、将来、どうにもならなくなるよ、、、」と。私たちは子供時代から大人時代に至っても、一貫して「怖がらせごっこ」の矢面に立っています。  

こちらのことなど何もわかってなどいないくせに、人は、そんな夢みたいなことばかり、、、そんな甘いことばかり、、、と、私たちを怖がらせようとしてきました。  

この世で流行している一番のものは、怖がらせごっこなのです。  

いつもいつも、常に常に、私たちは親から先生から上司から、この怖がらせごっこに会います。そしてそのうち、だんだんと自分に自信を無くし、怖がらせごっこの信者に育って行ってしまいます。信者になってしまうと、今度は自分へのふがいなさを隠す意味もあり、今度は怖がらせる方向に人を導こうとしてしまいます。  

怖がらせごっこが、真実で本当なら仕方ないかもしれませんが、ウソだとしたらどういうことでしょう。企業や政府や国家や企業は、人々が怖がりであってほしいと願い、そうなるように操作しているのかもしれません。  

なぜなら、怖がってくれれば、何でも言うことを聞いてくれるようになるからです。良い学校に行かないと、人生はもうダメ、、、と怖がらせられれば、塾や教育産業は儲かります。  

この栄養が足りないとダメ、、、と怖がらせることができたら、その栄養入りの錠剤は飛ぶように売れます。  

この世は怖がらせて怖がる人が多いことで運営されているので、つまらないと私は思います。面白いことより、不安を解消ることが人々の関心になっているから、面白いものが伸びないのです。  

自分の人生を人に取られることのないようにする、、、、そのためには、どんなに怖がらせられても、それに乗らないことが何より大切ではないかと思う次第です。どうせ人は死ぬのです。怖がらせに乗る必要などまったくありません。 
#教育産業#製薬産業#オミクロン低毒性

***ここまで

今日が命日のデヴィッド・ボウイは、『オミクロンの人々よ目覚めなさい…』と警告していたそうです

以下は、ラミーコさんのブログより転載させていただきました。

***ここから転載

【本日が生誕75年、1/10日は命日のデヴィッド・ボウイは「オミクロン(1999)の冒頭でこんな警告を

『オミクロンの人々よ目覚めなさい

レシェフと政府は
人々を更にコントロールするために眠らせる

彼らは君を操り人形にする

X (エックス)と悪魔で操作するためだ』】

↑Xとは、vaxx(ワクチン)のことかも❓❗ラミーコの独り言でしたが

その『オミクロン』の動画は、以前シェアしましたよ✋

………

【チャーリー・ウォードは、「デヴィッド・ボウイは光側だね」と。】

以上は、かんろさんのツィートよりシェアさせて頂きました。

********

以下は、白澤秀樹氏のメタよりシェアさせて頂きました。

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夕方、昨日お誕生日を迎えた薫さん(国際ジャーナリストの中丸薫さん)より電話が入った〜

ちょうどデビッド・ボウイのドキュメントを観始めていたタイミング…で、

薫さんは70年代、彼にインタビューをしていたこと、思い出す。

この写真は彼が肉体を離れる二日前2016年1月8日(彼の誕生日)に撮影されたもの〜

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その日は彼の69才(まさしくロック^ ^)の誕生日…

ロック界のカリスマ、artに命を捧げた存在

メジャーなカルトヒーロー ともいえる彼のこの笑顔、自らの死期が近いこと知りながら…流石です。

皆への贈りもの、まさしく、ダンディで粋な生き様。

薫さんにデビット・ボウイとのインタビュー映像を公開できるようお願いしようと思いました。

お楽しみに〜:)

↕️そのインタビュー動画はこれかも⁉️日本についてやその他…字幕も古いけど、ラミーコは見て良かったです❗

David Bowie Japan 1983

https://youtu.be/b9oaeio2FFE

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白澤秀樹さん『まさか一般的には彼が亡くなるとは思ってもいなかったとき、
結果として最後のシングルとなったこの歌の歌詞と映像がこれまた…

“David Bowie – Lazarus (Video)”

https://youtu.be/y-JqH1M4Ya8

https://youtu.be/y-JqH1M4Ya8

Look up here, I’m in heaven
仰ぎ見ると僕は天国にいる

I’ve got scars that can’t be seen
僕が負った傷跡は見えないものだ

I’ve got drama, can’t be stolen
僕が経験したドラマは盗むことができない

Everybody knows me now
誰しもが僕を知っている

Look up here, man, I’m in danger
仰ぎ見ると、僕は危険な状態なんだよな

I’ve got nothing left to lose
失うものは何もない

I’m so high it makes my brain whirl
頭がグルグル回るしハイになる

Dropped my cell phone down below
携帯電話を下に落としたよ

Ain’t that just like me
ちょうど僕みたいだよね

By the time I got to New York
ニューヨークにたどり着いた頃

I was living like a king
僕は王様のような暮らしをしていた

Then I used up all my money
そして僕はすべてのお金を使い果たし

I was looking for your ass
君のケツばかり追っかけていた

This way or no way
この道を行くのみ

You know, I’ll be free
そう、僕は自由になる

Just like that bluebird
あの幸せの青い鳥のように

Now ain’t that just like me
そしてそれはちょうど僕のようだ

Oh I’ll be free
ああ、僕は自由になれる

Just like that bluebird
ちょうど幸せの青い鳥のように

Oh I’ll be free
ああ、僕は自由になれる

Ain’t that just like me
それはちょうど僕のようだろう

合掌 デビットさん
今ごろはどこ飛んでるのかな??

トム少佐と宇宙かな???

また地球に落ちてきてください〜:)』

シェア終わり❗

ありがとうございました。

********

↑上のインタビューでも、失いたくないものは、『自由』と語っていましたからね

皆様、この時期も色々と『自由』って大事ですよね‼️✌️

ありがとうございました。
***転載ここまで

再掲*四葉のクローバー

本日3本目になります。
きょうはフレディ・マーキュリーの30回目の命日ということで、
3年前の今日にアップしたブログを再掲します。

2018年11月24日

ジム・ハットン著、
「フレディ・マーキュリーと私」を読んでいる。

なにもかも手に入れたスーパースターのフレディが、感激したプレゼント。
サヴォイ・ホテルで週給60ポンドで働く理容師のジムは、
フレディの友人たちのようには、高価な誕生日の贈り物はできなかった。
気が引けたジムは、皆がいない場所でフレディに贈り物を渡すことにした。

「すまない。僕には、これしか君にあげられるものがないんだ」と
ジムが申し訳なさそうに差し出したのは、
ティッシュにはさんで押し葉にした、四葉のクローバー。
それを受け取ったフレディは、もう嬉しくて嬉しくて、
「ねぇ!みんな見て!ジムがこんなに素敵なプレゼントをくれたんだ!」と、
四葉のクローバーを見せに、皆の所へ飛んで行ったのでした。
ジムは恥ずかしさで、顔が真っ赤になったとか。

私は読んでいてクスクス笑ってしまったのだけれども、
アイルランドからロンドンにやって来たジムは、
四葉のクローバーをお守りにして大事にしてたろうと想像した。
ああ、そうだ。フレディの言う通りだわ。
こんなに素敵な贈り物はないんじゃないかと、私も思ったのでした。

この本の初版が本屋に並んでいた頃、私は視力がまだあって、
フレディとジムが並んで座っている写真が、本の表紙だったと思うのだけれど、
朴訥とした感じのジムの隣に、
とても穏やかな表情のフレディが写っていたことを憶えています。

再掲*声の色

本日2本目になります。
きょうはフレディ・マーキュリーの30回目の命日ということで
2018年11月19日のブログを再掲します。

先週のことになるのだけれども、
「今日は一日、クイーン三昧」のラジオオンエアを聴いた。

…いい曲いっぱい。
なんか、最近にない音がしてると思ったら、オンエア全てがレコード音源だった。
ふくらみのある豊かな音。
レコードに馴染みのない、若いリスナーなのか苦情があったようだけど、
レコードならではの針飛びや、
針の回る、プチプチ聴こえる雑音も懐かしい。
そして、
素晴らしいフレディの歌唱に、私は惚れ惚れとしたのでした。

4オクターブの声域と言われたフレディだが、
数年前に、驚きの研究結果が発表された。
最新の技術を駆使した、科学的な解析によると、
「やっぱりフレディ、普通じゃないわ!」と思いきや、
なんと、一般的な成人男性並みの声域だったと判明したのだ。

エーッ!?
短髪のマッチョ姿のフレディしか知らなかった私が、
長髪の王子様だった頃のフレディの姿お見た時も、
それはそれは驚いたものだけれども、
フレディが、ごくごくフツーの声域の持ち主だったなんて!?

じゃあ、どうやって、あの超人的な歌唱が実現したの?
研究チームによると、フレディの喉の使い方に秘密があって、
ビブラートの揺れがかなり特殊で、高速かつ複雑なものだという。
また、フレディの話す声や歌う声は、
高い声でも低音も同時に鳴っていることが分かった。
これは、ホーミーの歌唱法と同じで、
地声の他に、倍音が加わっているということ。
通常は発声に使われない、声帯のヒダの部分さえも音を発しているというのだ。

…そうだったのかー!
野球のピッチャーみたいに、球が速けりゃいいってもんでもなくて、
意外と声域や声量に恵まれた歌手が、
一本調子で、聴いていて面白くないってことがある。
声が綺麗なだけでは、物足りなくなったりもするし、
上手いだけの歌、感心するけど、それだけ。

反対に、美声とはお世辞にも言えないシンディ・ローパーの声が、
妙に心に響いたりするし、
上手いソウルシンガーが山ほどいたのに、
ダイアナ・ロスの、ハスキーなんだけどサラっとしてる蜂蜜声は他にない。
フレディも、正式に声楽を学んだ人のほうが上手いのかもしれないけど、
あの色彩豊かな歌は、ちょっと異質だ。

…と、いま書いて気がついたのだけれど、
たしか、シンディは、アート専攻だったはず。
ダイアナは、幼いマイケル・ジャクソンに絵の手ほどきをしていた話は有名で、
フレディは、アートカレッジでグラフィックデザインを学んでいた。
声と言う色で、歌を描いているのかな。
なんか、そういう感覚を感じるアーティストの歌、
茶目っ気っていうのか、
チャーミングな感じがするのは何故だろう?

フレディ没後30年/猫とコタツとラジオと私

きょうはフレディ・マーキュリーの30回目の命日なのだそう。
あるバンドやミュージシャンと同じ時代に生きることは、奇跡的なことだと思う。

70年代のクイーンの全盛期には、私はまだ小さくて間に合わなかったのだけれども、
80年代のRADIO GA GAや、映画フラッシュゴードンのテーマ、
I was born to love youはオンタイムだった。
伝説のミュージシャンとして、後からフレディを知るのではなくて、
最新ヒットとして、ラジオから流れていたのを体験できたのはよかったなぁと思う。
(なんと、クイーンの初来日コンサートを亡き親友は姉上と見たそうな!)

インターネットも携帯もなかった時代、
田舎の中高生だった私にとって、
週末の午後にやっていた洋楽ヒットチャートのラジオ番組が、情報源であり楽しみだった。
ラジオ番組をハシゴして聴いていたら、いつの間にか外が暗くなっていたことや、
近くの田んぼから漂ってくる籾殻を焼く匂いとか、
コタツの中に猫と大判焼きが入っていたことなんかを思い出す。
思い出はノスタルジックなんだけど、
ある種の曲がいつまでもキラキラしてるのは、ポップスの魔法なのかしら?

種ともこさんのこと

ミュージシャンの種ともこ(たね ともこ)さんがガンの手術を受けていたと知る。
種さんの公式サイトによると、
2か月前に入院し手術を受け、今は自宅で療養中だという。
回復と根治を心から祈っている。

種ちゃんは、
(種さんの古いファンは親愛をこめて「たねちゃん」と呼ぶ。以下、種ちゃん)
私がライブに行った回数が一番多いミュージシャン。
80年代後半から90年代前半がほとんどだったけど、
東名阪のホールツアーの他にインストアライブ、学園祭ライブを含めると、
たぶん20回くらい種ちゃんのライブを見てきたと思う。

種ちゃんは作詞作曲はもちろん、
80年代では珍しく曲のアレンジも打ち込みも自分でやっていて、
自宅録音の先駆けのような人なのだ。
歌が上手くて、
「これは種ちゃんだな」と一聴してわかるファニーな声の持ち主。
マルチな才能で凝り性、楽曲のクオリティの高さや特異なオリジナリティから、
「日本のケイト・ブッシュ」とも呼ばれていたのでした。
だからといって、種ちゃんの曲は難解さはなくてキャッチーでポップ。
ただ、曲の物語の設定が一風変わっていた。
はじめて一人でオバアチャン家でクラシカルなお盆を過ごし、
カルチャーショックを体験しちゃったり、
ついでに初恋も体験しちゃう小学生の男の子の歌
「キュウリ de バケーション」、
片思いの女の子の前でカッコいいとこ見せようと張り切るも見事に玉砕する
「悲しき球技大会」、
片思いの同盟ができたら会長になりたい、なるに相応しい、
そしてみんな成就したら喜びあって解散すると(ひとり心の中で)高らかに宣言する
なんとも気弱な、それでいて同盟の会長に就任したいという少女の歌
「片恋同盟」など、
ラブソングなんだけど、設定が少々おかしい。
「安売り水着を結局買ったアタシの歌」に、
「タイムドライバーは仮免」など、
イマジネーションがふくらんでしまうような曲のタイトルの数々に、
「この人はコピーライターなんだろうか」とはじめ私は思っていた。

30年前の種ちゃんのコンサートといったらステージを動きまくりの踊りまくり!
それでいて、アルバムクオリティの演奏と歌をこなしてしまう。
おまけにMCが面白かった。
種ちゃんがケニアに旅行に行ったときの、
野生の動物(何だったか忘れた)と睨みあいながら、
サバンナで「大きな便り」をいたした話とか大笑いしたなぁ。
その後はじっくり聴かせるライブや、いち早く映像の凝った前衛的なライブをされていた。

しかし、30年の間に、
私自身の環境も変わり、
種ちゃんの音楽性も変遷され、すっかり離れてしまった。
東京に何かの用事があって、
日にちが合ったので寄った渋谷(銀座だったかな?)のアップルストアでのライブ以来、
ここ15年以上は種ちゃんをライブで見ていない。
それどころか知らない曲が増えてしまった。

でもね、
私がキャンプをはじめたのも、一人旅が好きになったのも、種ちゃんの影響があってのこと。
何冊かは当ブログで紹介しているけど、
読書家の種ちゃんがおすすめした本を本屋で探して読んでいた。
私の本の世界をひろげてくれたのも種ちゃん。
間違いなく私は種ちゃんから大きな影響を受けてきた。
直接お会いしたことはないけど、とても身近に思える人。

長い間ライブに行かずの私が言うのもなんですが、
そして、ご本人の目にとまるかどうかも分かりませんが、
どうか種さん、ご回復されてライブをしてください。行きます。

X’mas 種ともこ – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=a1wH8SQKqtA

遊佐未森の「嵐が丘」がすごい/音楽の出会いは人生を変えちゃうよね!

遊佐未森さんがカバーしたケイト・ブッシュの「嵐が丘」を聴く。
噂には聞いてはいたけど、すさまじくよかった。
↓BSフジ「ずっと好きな歌」より

嵐が丘 – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=BTpFND9ii5cケイト・ブッシュの「嵐が丘」は、

さんまさんの番組「恋のから騒ぎ」のオープニング曲になってたので、
ケイトの「嵐が丘」を聞いたことのある人は多いはず。
エミリー・ブロンテの小説「嵐が丘」のキャサリンが主人公のこの曲は、
ケイトのオリジナルはどこか底知れぬ怖さがあるけど、
遊佐さんのカバーは、キャサリンの亡霊が泣いてる感じになってると思った。
曲のサビの、
「ヒースクリフ イッツミー キャシー」(ヒースクリフ 私よ キャシーよ」
ココ、ケイトは案外、淡々と歌っているけど、
(だからコワイのかな?関係ないけど、目が見えてる時、鳥居みゆきはケイトブッシュ似だと思った。)
遊佐さんは、「キャシー」のキャにツイストが入っているって言うのだろうか、
(キャサリンの亡霊を見るのはロックウッドだけど)
キャサリンが涙ながらにヒースクリフに叫んでいる感じがする。
この動画を見た人のコメントによると、
遊佐さんは、ケイトの独特なマイムパフォーマンスよろしく、
盛んに手や身体を動かしながら歌っているようだ。
歌う時の激しい動きは、
牧歌的で穏やかな作風の遊佐さんにしては珍しいかもしれないけど、
声楽を学び音大ではリトミック専攻だった遊佐さんだから、
スイッチが入れば違う遊佐さんになるだろうとは思ってたし、
もともと遊佐さんの声質がケイト・ブッシュに似ていて、
(そしてアッコちゃんにも声質が似てる)期待しながら聴いたけど、
もう、私なんかの想像を超えてた!
ケイトブッシュが遊佐未森に降りてきた、というコメントも見かけたけど、
きっとキャサリンが遊佐さんに降りてきたんだと思うな。
目が見えないのが残念、映像で見たかったなぁ。

実は私、視力がまだあった頃、
とあるコンサートの楽屋のお手伝いで遊佐さんにお会いしたことがある。
ちょうど20年前の神戸チキンジョージだったんだけど、
遊佐さんの他に楽屋にいたのは、
アッコちゃんこと矢野顕子さん、ター坊こと大貫妙子さん、
ブームの宮沢和文さん、おどるポンポコリンの近藤房之助さん、
パール兄弟のベーシストのバカボン鈴木さん、パーカッションの浜口茂外也さん、
今年お亡くなりになったドラマーの村上ポンタさん、ギタリストのチャーさん等々。
名ギタリストだった故・大村憲司さんのトリビュートコンサートだけに、
とんでもなく豪華なメンバーが楽屋に集結しているではないですか!
アッコちゃんも大貫さんもパール兄弟も、
ミヤくんも、そして遊佐さんも聴いていたアタシは、
「これは夢ではなかろうか」と思わずホッペをつねったほど。

人生には思ってもみなかったご褒美があるもので、
「アンタは将来、ター坊に頼まれて歌詞カンペのコピーとるんだよ」
と若かりしアタシにアタシは教えてやりたい。
(ちなみに曲は、「新しいシャツ」。)

この大村憲司さんのトリビュートコンサートの前日は、
亡き親友とともにアッコちゃんの出前コンサートを主催していた。
なので、わたし達にとって夢のような2日間だったのだ。
10代20代の頃のアタシに、
将来こんなご褒美があるよ、と教えてあげたいし、
アナタが夢中になってくれたおかげで、こんなご褒美もらったよ、
と昔の私に感謝したい気持ちにもなる。

どうして若い頃、あんなに音楽を聴いていたんだろう?
いや、あんなに飽きもせず聴けたのだろう?
ほっといたら一日中、眠っている以外は、
好きなミュージシャンの音楽を聴いていた。
音楽を聴いている時間の少しでも勉学に振り分けていたら、
ちょっとは違った人生にもなったかもしれないが、
それがなんだっていうのさ、て感じ。
今はあの頃ほど音楽を聴かなく、聴けなくなった。
そんな変化を少しさみしく感じたりもする

ご褒美の楽屋お手伝いに話を戻すと、
アッコちゃんとター坊の仲良しトークに素知らぬ顔して耳ダンボで聞いたり、
ミヤくんにドリップしたコーヒーをお出ししたら、
ミヤくんが「美味しいですねこのコーヒー」と言ってくれたりして(やさしい人だ)
これはスタバのケニア。アッコちゃんが好きな豆なのよ知ってた?ミヤくん!
と、心の中で答えて微笑む私。
ミヤくんの瞳の色が薄いアッシュカーキで、
綺麗な澄んだ目にドキドキしちゃったのでした。
一緒に楽屋お手伝いしたグルメな親友が用意したアイルランド紅茶に、
ケルト音楽好きで、アイルランドとスコットランドでアルバム録音したことのある遊佐さんは、
「あ、ビューリーズの紅茶!」とすぐに反応してらしたのはさすが!
そこで私は遊佐さんからアイルランド滞在の話を聞いたりしてね。
そして、前日に私たちがアッコちゃんの出前コンサートを主催したと知り、
「矢野さんお好きなんですね」と遊佐さん。
私は「はい!…あの、私、遊佐さんもファンなんです」と答えると、
不意をつかれたのかちょっと困ったようなお顔をされて戸惑ってた 笑。
ここはアッコちゃんファントークしたほうがよかったのかな?と後で思ったりしてね。
優しい遊佐さんはしばらく私に話しかけてくれたんだけど、
遊佐さんは想像してた通りの、ほわーとした天然な方でした。
(遊佐さんのご親友は、女優の斎藤由貴さん、檀れいさん。わかる気が)
そんな天然ほんわか遊佐さんだからこそケイトの嵐が丘のカバーは、
ケイト・ブッシュかキャサリンが降りてきた!という驚きと凄みがあるのでした。
音大を卒業したらクラシック音楽の道に進むつもりだった遊佐さんは、
ケイト・ブッシュの音楽を聴いて衝撃を受け、
シンガーソングライターになることを決めたそうだ。
ほんと、音楽の出会いは人生を変えてしまうんだな!

さて、秋の夜長は、何を聴こうかな?
ケイト・ブッシュの「センシュアルワールド」がぴったりだ。
そういえば亡き親友も、このアルバム持っていて、
「矢野顕子好きはケイト・ブッシュ好き」
の図式は当たっていると思ったものでした。
(また音楽談義したいなぁ。イッツミーって出てきてよ)

「お婆ちゃんの時代は2020〜21年まで、ワクチン戦争っていうのがあった!」&「ある零戦パイロットの話」

「ラミーコさんのブログより転載させていただきます。
いい話です。涙でちゃった。

***ここから転載

ミカさん(フムフムより・ニューヨーク在住の日本人女性の方)のFBからシェアさせて頂きました。

「お婆ちゃんの時代は2020〜21年まで、ワクチン戦争っていうのがあった!」

「でもね、お爺ちゃん、お婆ちゃんはね、
生まれてくる未来ある子ども達のために
最後の最後まで1人になっても戦ったよ。
だから、孫のアンタが、こうして元氣で元氣で生まれて来てくれた。ありがとう。』

…ってなぁ

自分の歩んだ道や決断を、ちゃんと孫達に堂々と言えるような誇り高きお婆ちゃんになりたいです。

与えたものが返ってくる。
良かった。
知ってる方が多いお話ですが、心が晴れるとはこのことだ。
前に探してた投稿やっと見かけたので、共有致します』

ーーーーー

✈︎太平洋戦争が始まってすぐの頃、
坂井はオランダ軍の輸送機が飛行しているのを偶然発見したことがあった。

輸送機といえど、敵の重要人物が搭乗しているかもしれず、
拿捕、もしくは撃墜せよという命令が出ていた。

坂井はオランダ軍の輸送機に近づいていった。
「護衛はいないようだな・・・」
坂井は周囲に目をくばりながらつぶやいた。 
撃墜すべきか警告射撃をすべきか、思案しながら近寄ることにする。

用心のため太陽の方角から接近した。
近寄ると、機体は陽光にギラギラ輝いている。
窓があって多くの顔が自分に向けられているようだ。
坂井はさらに零戦を接近させた。

陽光がさしこみ暗い飛行機の内部を照らし出す。
窓を通して飛行機の内部がすみずみまで見渡せた。
なんと…
機内は負傷者ばかりで、彼らは恐怖でひきつった表情でこちらを凝視しているではないか!
彼らは、
鬼のような日本軍の戦闘機に飛行機もろとも撃ち落とされるかもしれないと恐怖におののいていたのだ。
窓越しに看護婦らしき女性と5才ほどの少女が抱き合ったままおびえた表情で見つめているのも見えた。

このとき坂井は心の中で自問自答した。
「坂井三郎…
そうだ…お前は大日本帝国海軍の栄えある戦闘機乗りだ。
相手が敵機なら存分に戦いもしよう。
しかし負傷者と女子供の乗っている飛行機は敵ではない。
お前は敵を見なかった!」
坂井は自分のこの言葉に一人うなづくと、
女の子と女性そして多くの負傷者たちに軽く手を振り、
翼をひるがえして輸送機から離れ、大空の彼方に消えていった。

これは軍紀からすると命令違反であったが、
坂井は基地に帰ってからも「飛行中に何ら敵らしきものは発見せず」
…と報告しただけであった。

この出来事は誰にも知られることもなく
このまま過去の闇に忘れ去られるはずであった。
ところが戦後50年もたってから、この話は多くの人々に知られることとなる。

当時その輸送機に乗っていた看護婦だった女性の一人が、
偶然、坂井の著書を見て、零戦に描かれたマークから彼がそのときのパイロットだと探しあてたのである。
「私があのとき見た飛行機の胴体にもこれと同じマークがあったわ。
私たちの輸送機に近づいたのはこのパイロットにまちがいない」
彼女はそう確信すると、国際赤十字を通じて照会を依頼した。

するとまもなく事実確認がなされ、坂井だったことが判明した。
こうして運命的な出会いは実現することになった。

女性は坂井に言ったそうだ。
『あのとき輸送機に乗っていた人々は、
ほとんどが負傷者、
病人、老人、女性や子供でした。
みんなあなたの飛行機を見て悪魔が来たと思いました。
でもあなたは笑って手を振って遠ざかっていきました。
みんなは歓声をあげてそれこそ抱き合って喜びました。
そして全員あなたに心から感謝したのです。
あそこにいた人々は、その後、多くの家族を持ちました。
あなたは多くの人々の命を救ってくれたんです。
かけがえのない命の恩人なのです』
そう言って、女性はあらためて50年前のシーンを思い出すと涙を流して坂井の手をとったという。

死を恐れぬ不屈の戦闘員でありながら、
常に命というものを大切にした坂井三郎。
彼のとった行為こそ、まさに”サムライ”の真意ではなかったろうか。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E4%BA%95%E4%B8%89%E9%83%8E?fbclid=IwAR0W9EG8ypuIub3Wqm8wcqptQR9z-FPK0sNeNpedlKv-WWjncF9BkmtbY2I

http://roboukoishi.blog36.fc2.com/blog-entry-53.html

シェアまで。
***転載ここまで

消えた10日間今日は ユリウス暦からグレゴリオ暦に変わった日

1582年の10月5日から10月14日までの10日間は存在しない。

これはどういうことかというと、
西洋暦の旧暦であるユリウス暦から、
現在わたし達が使っているグレゴリオ暦に切り替える際に、
新旧の暦の間に10日間の差があったので、
1582年の10月5日の翌日は、
10日えいやっ!とワープして、10月15日になったのでした。

…えらいこっちゃ! 
サラリーマンだったら10日分のお給料がなくなるし、
でも月に祓う税金とか家賃とか変わんないし、
このワープした10日の間に誕生日を迎える人の贈り物はどうするだ?
10日も消滅するとなると、庶民の生活は大混乱だったろう。

日本も同じことが起きていて。
明治に和暦から西洋暦のグレゴリオ暦に切り替わった。
太陰暦から太陽暦への改暦だったので、ほぼ一か月分が消滅!
明治5年12月3日の翌日が明治6年1月1日になっちゃった。
しかも、いきなりだったそうな。
「新しい暦に変えまーす」って感じで、
えー!急にそんな?!と、
急に正月が来て歳とっちゃうわ、
正月の準備が間に合わないわ、
年末の借金の催促が来ちゃうわで、とんでもないことに。

この明治の改暦の理由はいろいろあるけど、
明治政府が金欠でお給料を祓えなかったから
というのが本当の理由なのは有名な話。
明治政府は改暦の半年前に年俸制から月給制に変えてたから、せこい笑。

ユリウス暦からグレゴリオ暦への切り替えに話を戻すと、
今でもヨーロッパのごく一部の協会はユリウス暦を使っているという。
宗教の伝統とか、
人の本質的なものは暦では変えられないものがあるのだろう。
(日本は沖縄と、奈良天川村の天河神社くらいなんだよね、旧暦を使っているのは。)

さて。
これから世界の大変革が始まると、
「闇の10日間」が起きるという噂があって、
この「闇の10日間」は、
ユリウス暦に戻すという意味ではないか?と言われている。
アタシは有り得る話だと思う。

ユリウス暦に戻すかどうかは分からないけど、
暦が変わっちゃうことに匹敵するような、
「とんでもないこと(いい意味で)」が起きるんじゃないかとアタシは思うのでした。
(横須賀の監獄船が5隻に増えてる?!)

梅雨が明けたよ

梅雨入りは、
入っとるの? 入っとらんの?って、
いまいちよく分からないけれども、
梅雨明けは、
明けた!明けたに決まっとるがね!って、
気象庁に言われなくても分かる。

今朝お外に出たら、空気も軽いし、
蝉も大合唱、
アタシは気象庁より先に梅雨明け宣言を出した。

夏は嫌いじゃなくて、
四番目に好きな季節だし。
蝉の大合唱に消されないように、
街行く人の会話の音量が大きくなるのも、ちょっと楽しい。

アタシの住む荒子は下町なので、
道で知らない人から、
「ワンちゃんも暑いね!」とか、
「アンタ、帽子かぶらんとイカンがね!」って言われちゃう。
(誰だっけ?)と思いながら、
ハーイ!と返事して立ち去る。
知らない人から気にしてもらって、
その知らない人にも幸運とか無事とか祈るような気持ちになっちゃう夏。
(今日は近畿と東海が梅雨明け。そして、親友の命日です)

矢野顕子 ト・キ・メ・キ – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=0ghH7o8qp8E