大通りの交差点でのこと。
信号待ちで男の人に声をかけられたのだけれど、
どうにも言葉が聞き取れない。
こういう時は、目が見えてないと困ってしまう。
その人の口調と、
何かを繰り返して言っている様子から、
私は(からまれちゃった)と思って、
「すみません…」と言い、
信号が早く変わるのを祈りながら、
下を向いてサンダーと立っていた。
空気のしぼんだ風船みたいにションボリしていたら、
次の瞬間に言葉を聞きとれた。
振り絞ってやっとな音で、
「わ・た・れ・ま・す・よ」と。
その人は私に、
信号が変わったことを教えてくれたのだ。
アッ!と、
自分の早とちりに気づいて、
何度も「ありがとうございます!」と、
お礼を言って道を渡った。
なんだ、いい人だったじゃないか。
しぼんだ風船は急に元に戻る。
しばらく歩いていて気づく。
発声の機能に難しさがある人だったんだ。
さっきは「まだ渡れません」的なことを言ってくれてたのかな?
聞き取れなかった口調は、
発声や呼吸の問題からなのかもしれないし
しつこく思えたのは、
私が聞こえてない(聞き取れてない)のを見てのことだったのだろうか。
新美南吉の「ごん狐」の、
ごんに謝る兵十のような気持ちになって、
シュンと下を向いてしまう。
おそらく、あの人、
発声が難しい故に、誤解されたりしちゃってるんだろうな。
というか、私、誤解しちゃってたし…。
さらにシュンとなる。
もちろん、私の臆測でしかなくて、
確かなことは、その人にしか分からないし、
思い込みと実際は、
かように食い違うもの。
確かなことは、
声をかけられて聞取れなかったけど、
最終的には聞き取れた」ということだけ。
しかし、
声が出しにくくても、
たとえ誤解されちゃいそうでも、
その人は声をかけてくれたんだと思うと、
ありがたさで一杯になって、
プウウと、
しぼんでいた私の心は、また膨らんだのでした。
(感謝は、まるで魔法)