月別アーカイブ: 2016年12月

せーの!

むかし、お正月が誰ものお祝いだったのは、
みーんなの誕生日だったから。

故・杉浦日向子さんがおっしゃっていたと記憶しているのだけど、
これを聞いて私は、「そりゃ、めでたいなー!」と思ったのでした。
元旦に「せーの!」で一つ齢を取る、数え年制度だったので、
村中が、国中が、まるでバースデーパーティー!

いろんなことがあった2016年。
2017年は、せーの!で誰もが幸せになるような年になりますように。

旅立はクリスマス

ジョージ・マイケルの訃報に驚く。
昨日もラジオからは、
ラスト・クリスマスが流れていたというのになぁ。

ジョージ・マイケルという名前は本名ではないと初めて知った。
内気な子どもだった彼は、
自分の心の中に、架空のヒーロー「ジョージ・マイケル」を育てていた。
架空のヒーローなしではいられなかったまでの内気さだったのだ。
そしてワム!のデビューから「ジョージ・マイケル」を生きることになったという。

ああ、そうだったのか。
ソロアルバム「Faith」を、ほんとよく聴いていた私は、
その後の彼の諸々に、「これほどの才能なのに…」と残念に思っていた。
ハードなルックスから、ナイーブさが強烈に感じられたのも不思議だった。

心の中に理想の自分を創り育てることはいいのだけれど、
彼の「内気なヨルゴス(本名)」は、ひとりぼっちになっていやしなかったかな…。

いや、アルバム「Faith」のサウンドは、
内気なヨルゴスが見え隠れしていたような。
CDは、二度の下宿の引っ越しで行方がわからない。

たき火にあたるサル 芋を洗うサル/「生命潮流」ライアルワトソン・著

冬至の今日から「たき火にあたるサル」が、
愛知県犬山市の日本モンキーセンターで始まった。

「たき火にあたるサル」は、1959年から。
職員が伊勢湾台風の倒木や流木でたき火をしていたら、
一匹の子サルが近づいてきて暖をとり始めた。
そして群れに広まったのだという。
その後、サルに焼き芋もふるまうようになり、(ボーナスかな?)
アッチッチの焼き芋をハフハフとサルがほおばる姿は、冬の風物詩に。

ふと、あの「百匹目のサル現象」を思い出す。
ライアル・ワトソン著「生命潮流」で有名になった、日本の幸島のサルの話だ。
あるサルがサツマイモを浜の海水で洗って食べ始めた。
砂や土が落ちるし、塩味もしてなんだか新しい味。
やがて他のサル達が芋を海水で洗って食べるようになったのだが、
芋洗い派が「ある程度の数」に達したところで、不思議なことが起きた。
とたんに島の群れ全体が芋を海水で洗うようになったのだ
そればかりか、海を隔てた他の島のサル達が、芋を海水で洗い始めたのだった。

どうもこの理由は解明されていない(資料も少ない)けれども、
そんなことあるかもしれないよな(だって生物って謎ばっかだもん、)。

さて、愛知県犬山の日本モンキーセンターでは、サル同志がかたまって暖をとる
いわゆる「サル団子」も見ることができます。(これは各地の風物詩ですね)
しかし、たき火にあたるサルはここだけ!なのです。(それも謎)

「生命潮流 来たるべきものの予感」
ライアル・ワトソン著/工作舎

ウキウキ通り

落ち葉の並木道を歩いていると甘い匂いがしてきた。
綿菓子のような、カルメ焼きのような、桂の木の匂いだ。

しかし、桂の葉の匂い、お菓子匂いがリアルすぎるわ。
あれ?今日は綿菓子の屋台でも出てるのかな?
…あ、桂の木か。
なーんだ。
毎年だまされちゃう。それくらい美味しい匂い。

しばらく先の駅前には、野鳥の集団が。
ヒヨドリだったっけムクドリだったっけ?
ピヨピヨピヨピヨピヨ
あー、わかったわかった、
もう電車に乗って家に帰りなさい、って感じ。
どうして駅前によく群れているんだろう?

桂の木のスイートな匂いや、羽をふくらませた小鳥たちのコーラス。
ウキウキホリデー気分なのでした。

片付けで自分の変化に気付いたりもして

大掃除は既に済ませている私が、
年末は何をして過ごすのかというと、
普段の掃除はもちろんのこと、お片付けなのでした。
しかし、片付けは年中のようにやっているので、
特別に年末だからという感じでもないのだけれど。

ただ、一年という区切りで、
この一年、これは使ってなかったなーとか、
いや、一年どころか何年も使ってないぞ、なんて。
これは捨てるかと、最大の捨て時が年末(あるいは年度末)。

そして、去年末に捨てるに迷って、とりあえず残した物でも、
今になっては、「なんで残しておいたんだろ?」と、
恒例の「一年保留しても結局は捨てる」なのでした。

なので、年末の片付けは自分で自分に驚くことが多い。
それだけ一年という時間は、人に変化をもたらすということなのだけど。

年末の大掃除はしません

以前の私は「年末大掃除派」だったのだけれども、
あるとき気がついたのでした。
なにも年末じゃなくても、気候のよろしい時期に、
のんびり小分けしてやればいいじゃない?

夏は網戸を洗いながら水浴びして、
晴れた秋空にカーテンを干して、
気持ちのいい陽射しと風の日は、窓と窓枠を拭いて…。
あら、爽快で楽しいではないですか。
しかも、冬以外の季節の方が、汚れも落ちやすいような。
(ただし、冷蔵庫内の掃除は、寒い冬がいいです。
庫内の冷蔵品を出しても溶けにくいので)
年末以外にちょこまか掃除するという人が増えているそうですが、
これは楽チン、なるほど納得の実感なのでした。

まとめて一気に、しかも完璧にとは、そりゃ腰も気も重くもなろうもの。
以前の私は、こんな感じだったなぁ。
お陰様で、そんな体力も視力もなくなったので、
今やチョコチョココツコツ主義。
この変わりよう、老化やハンデも悪くないなと思うのでした。