カテゴリー別アーカイブ: 心と身体のリラックス

変化の兆し?転機の前兆のサイン

誰にでも、人生の転機がやってくる。
大きかったり小さかったりするけれど、
一度だけではなく、何度もやってくる。

あれは転機の前兆だったのだろうか?と、
振り返ってみると思えることがある。
私の経験や、
お会いした方々のケースから、
転機に先立つ「サイン」をまとめてみました。

・一見マイナスに思えることが起きる
病気やケガ、別離やリストラなど。

・とにかく眠い
寝ても寝ても眠い。
どれだけでも眠れてしまう。

・電化製品の異常
人の波長の変化によるもの?!
電化製品が続けて壊れたり、
動作が不安定になる。

・人間関係の変化
しばらく離れていた人と再会する。
反対に、理由もないのに疎遠になってしまたり。

・イメージチェンジしたくなる
髪型やメイクやフレグランスを変えたくなる。
似合う色が変わったような気がする。

・好みが変わる
好きだった趣味が冷め、
新たな興味を持つ。
人によっては、食の好みが変わる。
急にアレルギーになって、強制的に食べられなくなることも。

・家や部屋のお片付けをしたくなる
不用品を整理したり、模様替えをしたくなる。

人は成長し変化していく生き物です。
環境の変化がなくても内面的な変化など、
何かしらの方向転換の前には、
無意識にその準備を始めているものです。

口に出して読みたい名前

新しい元号が発表された。
目の見えない私は、漢字よりも語感に目がいく。
いや、言葉の音に耳がいく?と言うべきか。

「れいわ」としばらく口に出してみたら、
Rの発音が苦手なせいもあって、綺麗な「れ」にならない…。
でも、綺麗な「れ」が決まると、気持ちがいい。
ポロロロローンと、ハープの効果音入りで華やかな気分になったりしてね。
ちょっと難しいんだけど、綺麗に華麗に美しく発音してみたくなる。

さて。
感性アナリストで脳研究者の黒川伊保子さんによると、
人の名前だったり、企業や商品の名前など、
あらゆる名前がついているものは、
くりかえし呼んだり呼ばれたり、
文字を読んで頭のなかで無意識に発音したりと、
音のイメージが潜在意識に深く入ってくるそうだ。
言葉の意味も分からない赤ちゃんの頃から、
唇の周囲の息や筋肉の動きを敏感に感じ取るそう。

余談だが、生前の父に、
私の名づけの由来や意味を聞いたことがあった。
調べたら画数もいいので、そこも気にしたの?と。
父曰く、
「なーんにも意味はないよ。言葉の響きで決めただけだもん。」
そ、そうでしたか…。
まあ、猫の名づけも同じようなものだったものね。
もらってきた私が命名するはずが、考えすぎてモタモタしたのがいけなかった。
名なしの子猫を、のんのんのーん♪と母が鼻歌であやしているうちに、
猫が反応するようになってしまい、「のんちゃん」に決まった経緯がある。
それはともかく、発音して心地いいというのは、決め手になるかもしれない。
心地いいというのは、しっくりくるということだ。
令和の他の候補も公表されたけど、
口に出してみて、一番しっくりきたのは「れいわ」な気がする。
これから令和にちなんだ名前の赤ちゃんが増えそう。

さて。
語感によってまったくイメージは変わるもの。
その音のイメージが、子どもの性格にも影響を与える、と、
黒川さんはこれを18の項目に単純化して以下のように大別しているのだが、
イチローや矢野アッコちゃんなんか「そのまんま」なので唸ってしまう。
「れいわ」の「ら行」の項では、
万葉集の梅の歌の出典を引き合いに出さずとも、
花びら感のイメージがあることに驚くだろう。

それから、名づけに大事なのは、
「赤ちゃんの顔を見てから決める」ことだという。
【生まれてきた赤ちゃんが持つ“いのちの色合い”を、
その目で、手で、肌で、感じてください。】と。
名づけられるというよりは、名前を持って生まれてくるということか。

***
1.【あ】から始まる名前
:オープンで明るく自然体
息を止めたりこすったりせず、声帯の響きだけで出す自然音。
「あ」は口を開ける心地よい開放感があり、のびのびとこだわりがなく、
あっけらかんとした性格に育ちます。
男の子:アキラ、アツム、アサヒ、アキヒロ
女の子:アヤカ、アイ、アミ、アオイ
2.【い】から始まる名前
:一途ながんばりやさん
舌の根元から中央に向かって、強い緊張感をつくりながら出す「い」の音。
口の奥から前に向かって強く押し出すように発音するため、
ひたむきで前のめりな性格に育ちます。
男の子:イツキ、イタル、イッセイ、イブキ
女の子:イズミ、イオリ、イクミ、イトセ
3.【う】から始まる名前
:内なる力を秘めたクリエイター
舌をくぼませ、力を集中して発音する「う」。
強い力が内向きに働くため、
独自の世界観を自分の中で熟成させていくクリエイティブな性格に育ちます。
男の子:ウキョウ、ウイチロウ、ウシオ
女の子:ウミ、ウララ、ウタ、ウノ
4.【え】から始まる名前
:知的でエレガント
舌を平たくして、口の奥に引き下げるように発音する「え」。
一歩下がって周囲を眺め、
物事の本質を見抜いたり、物事を客観的にとらえる分析的な性格に育ちます。
男の子:エイタ、エイスケ、エイシン、エイト
女の子:エマ、エリカ、エミ、エリナ
5.【お】から始まる名前
:おおらかで寛大な大物
唇をすぼませながら、口の中に大きな空間を作って音をひびかせる「お」。
包み込むような優しさ、安定感を感じる音です。
包容力や存在感のあるリーダータイプに育ちます。
男の子:オウスケ、オウガ、オサム、オウタロウ
女の子:オトハ、オリエ、オウカ、オトミ
6.【か行】から始まる名前
:クールでドライでカッコいい
のどをキュッと絞って発する「か行」の音。
息が口の中に強くぶつけられ、素早く駆け抜けるため強さやスピード感抜群。
目標に向かってジャンプする瞬発力のある子に育ちます。
男の子:カイト、ケンタ、ケイスケ、コウセイ
女の子:カノン、カホ、ケイコ、ココロ
7.【さ行】から始まる名前
:爽やかで清潔感いっぱい
息を舌の上にすべらせて出す「さ行」の音。
息をシャワーのように噴出させるので、光が拡散するようなイメージもあります。爽やかでスマートにふるまえる子に育ちます。
男の子:サトシ、ショウ、スバル、ソウタ
女の子:サアヤ、シホ、スズネ、セリナ
8.【た行】から始まる名前
:パワフルで粘り強いリーダー
舌に息をため、上あごにぶつけて叩き出すように発音する「た行」の音。
強いパワーだけでなく、舌の唾液をはがすようなしっとりした粘性も備え、
一歩一歩積み重ねるしっかり者に育ちます。
男の子:タケル、ツヨシ、テッペイ、トウマ
女の子:タマキ、チアキ、ツムギ、トモカ
9.【な行】から始まる名前
:親しみやすい愛されキャラ
上あごを舌でやさしくなでるようにして出す「な行」の音。
N音から始まる名前を口にすると、やさしくなでられるような親密な感情が生まれ、誰からもかわいがられる子に育ちます。
男の子:ナオキ、ナツキ、ノゾム、ノリユキ
女の子:ナナミ、ニナ、ネネ、ノゾミ
10.【は行】から始まる名前
:ほんわかふわふわの癒し系
喉をこすりながら、温かい息をゆっくりと口もとへと運ぶ「は行」の音。
「ハ~」とかじかんだ手を温めたり、「フ~」とスープを冷ましたり、
ほんわかとほどよい距離感で人に寄り添う癒し系の子に育ちます。
男の子:ハルト、ヒロト、フミヤ、ホクト
女の子:ハオト、ヒナタ、フウカ、ホノカ
11.【ま行】から始まる名前
:お母さんのような頼られキャラ
口の中にやわらかく満たした息を、鼻腔に響かせて出す「ま行」の音。
ハミングのようにふっくらとした幸福感と安心感を与えてくれます。
信頼され、面倒見のいい子に育ちます。
男の子:マサヨシ、ミキト、ミナト、モトキ
女の子:マナミ、マユ、ミサキ、メイ
12.【や行】から始まる名前
:やわらかくやさしくゆったり
「ィヤ」「ィユ」「ィヨ」と、母音「イ」を変化させながら出す「や行」の音。
曖昧でゆらぎのある弛緩した音は、やさしい開放感に満ちあふれています。
人当りがやわらかく懐の深い子に育ちます。
男の子:ヤマト、ユウマ、ユウキ、ヨウヘイ
女の子:ヤヨイ、ユリナ、ユカリ、ヨシノ
13.【ら行】から始まる名前
:知的でスタイリッシュ
舌を花びらのような形にして、ひらりとひるがえしながら発音する「ら行」の音。華やかさの一方で、
口を技巧的に動かして発音するため、知的でスタイリッシュな子に育ちます。
男の子:ライト、リク、リョウタ、レン
女の子:リコ、リナ、ルカ、レイナ
14.【わ】から始まる名前
:サービス精神旺盛な個性派
「ゥア」と母音を変化させながら発音する「わ」の音。
「ウ」の緊張感を、一気に「ア」へ押し広げて発音するため、
ふわっと膨らむイメージの音です。
わっ!とダイナミックに人を楽しませる子に育ちます。
男の子:ワタル、ワク、ワカアキ、ワヘイ
女の子:ワカ、ワカバ、ワカナ、ワコ
15.【が行】から始まる名前
:凄みのあるカリスマ
喉をギュッと絞るようにして出す「が行」の音。
喉元を締め上げられるような感覚がするので、
無意識に脳に偉大さや凄みを感じさせます。
周囲がひれ伏すような迫力のあるカリスマ性のある子に育ちます。
男の子:ガクト、ゲンキ、ゲンイチロウ、ゴウタ
女の子:グミ、グリコ、グエン
16.【ざ行】から始まる名前
:お茶目でモテる人気者
口の中で舌がふっくらと膨らむ「ざ行」の音。
豊かで高級感のあるイメージ、育ちの良さを感じさせます。
発音したときに口の中に風が起きるため、
にぎやかさのあるお茶目な子に育ちます。
男の子:ジュン、ジュンイチ、ジュンペイ、ジョウタロウ
女の子:ジュリ、ジュリア、ジュンコ、ジュンナ
17.【だ行】から始まる名前
:どっしりと風格のある大物
上あごに舌をやわらかくぶつけて出す「だ行」の音。
振動音が口の中にとどまるので、
重く動かないどっしりとしたイメージがあります。
大樹のような安心感のある子に育ちます。
男の子:ダイキ、ダイスケ、ダイゴ、ダイチ
女の子:ドナなど
18.【ば・ぱ行】から始まる名前
:元気はつらつパワフル
くっつけた唇を息で破裂させて出す「ば行」「ぱ行」の音。
唇を刺激するので食や成長、繁栄や繁殖のイメージです。
イキイキとした生命力を周囲にふりまく、元気はつらつな子に育ちます。
男の子:ビン、ブンタ
女の子:ベニ、ベニオ

人は他人からエネルギーを受け取れる事が科学的に証明されるかも/「聖なる予言」のこと

ドイツ研究チームによると、
植物は、他の植物からエネルギーを受け取っていることが分かった。
緑藻クラミドモナスは、光合成によるエネルギー不足の際、
近隣の植物性セルロースからエネルギーを吸収して成長している事が判明した。
(2016年 学術誌「Nature」に発表)

私はこのニュースをさほど気にとめなかったのだけれども、
これは、とてつもない大発見らしい。
植物同志でエネルギー交換するのが分かったという事は、
いずれ人間と植物の間でも、
また、人間と人間の間、人間と動物の間で、
エネルギー交換していることも判明するだろう、という事なんですって。

つまり、
自然の中にいる時や、動物と過ごすと元気になること、
それに、人と過ごすと元気になるとか疲れてしまうなんてことさえも、
そう遠くない未来に、科学的に証明されるかも、ということなのだ。

おー!それはすごい!
世界的なベストセラーで、冒険小説仕立てのスピリチュアル書、
「聖なる予言」ジェームズ・レッドフィールド・著 山川紘矢+山川亜希子・訳
に書かれている内容が科学的に証明されるの?と思うと私はワクワクする。

「「「聖なる予言」に、エネルギーについて取り上げている内容はと言うと、
人は植物からエネルギーを受け取っていること、
人は他人とエネルギーを与え合えもするし、奪い合いもすること、
(当ブログ「コントロールドラマ」をご参照下さい)
そして、人は自然や宇宙からエネルギーを受け取ることができることも。
わー、証明されるのいまから楽しみだな~。

「聖なる予言」は1994年(アメリカはもっと前)の出版だから、
もう、25年前の本になる。
私は当時、「聖なる予言」の内容に沿ったレッスンガイドブックである、
「聖なる予言 実践ガイド」(角川書店)まで買ったのに、
私の理解力も意識の段階も追いついていなかったのか、チンプンカンプン…。
というか、
読もうと手に取るも、なぜか読み進めることさえできなかったのだ。
「聖なる予言」は、その人のベストタイミングでしか出会えない本として有名で、
私は5年前にようやくその時が来たのだろう、
読むのは盲人用音声図書になってしまったけど、20年越しの感動が。
科学も私もようやく「聖なる予言」に追いついた、ということなのでした。
(今こそ読むべき本)

・「聖なる予言」
ジェームズ・レッドフィールド・著
山川紘矢 山川亜希子・訳
角川文庫

・「聖なる予言 実践ガイド」
ジェームズ・レッドフィールド
キャロル・アドリエンヌ
角川書店(現在は絶版)

たったの5分、自然が気分を良くする/そういうふうにできている

自然はいい。
…と分かってはいるけど、
自然の中に行くなんて、時間も労力もかかるし…。
そんな人には朗報かもしれない。

カナダの研究によると、
5分、自然に身を置くと、
人の気分は良くなることが分かった。
・出典(英文)

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/17439760.2018.1557242?journalCod

e=rpos20&

研究チームによると、
5分でも、それ以上の15分でも、
気分が良くなる効果は変わらなかったという。
しかも、気分を良くしてくれる自然は、
たとえば、近所の公園の木々や、並木道、庭先の植物など、
「ほんのささやかな自然」でも良いそう。
小さな公園のベンチに座って5分、
それだけでも気分を上向きにするには有効だったのだ。

…へーぇ。
そういえば私、並木道を歩くだけでも気分は晴れてる。
しかも、たったの5分でいいなんて、ハードルが低くていいね。
「1時間歩く」と思うより、
「5分歩く」と思う方が気が楽だし、始めやすい。
5分やったところで「じゃ、もすこしやろう」なんて、
散歩でも掃除でも宿題でも、よくある話だ。
「やりはじめるとヤル気が出てくる」という、作業興奮が脳にはある。
人間は、そういうふうにできている。

話を戻そう。
面白いのは、たとえ屋外へ出られなくても、身近に緑がない時も、
自然を想いだしたり、イメージするだけでも同様に、
気分が上向きになることが分かったのだ。
イメージの力ってすごい。
人間は、そういうふうにできているのだ。

自然が人間に及ぼす影響は計り知れないものがあるのだけれど、
謎解きをする研究が追い付いていないのが現状のようだ。
自然も、人間も、
「そういうふうにできている」ことしか分からない存在なのだった。
(なんて素敵)

「センス・オブ・ワンダー」レイチェル・カーソン著

大自然の中へ飛び込んだ人は、
その後の人生が変わってしまうことがある。
サーファーやダイバーやカヌーイストだったり、
登山者やハイカーやキャンパーが、
大自然のなかにいる時に抱く想いが、人を変容させるのだろう。

自然は時に荒々しい。
海は暴風は吹き大波は立つし、
山なら激流に切り立った崖もある。
テントから出ると降ってくるような満点の星、
はてしない荒野、
潜ると濃くなっていくグランブルーの前では、
ただただ圧倒されて、私は身ぶるいした。

この身ぶるいするような感覚は、
「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる、自然への畏敬の念だ。
驚きに満ちて、神秘的で、
どこか清々しくて、ピシっと背筋が伸びる感じ。

この、大自然への畏敬の念が、
人の心身の健康を一変させることが、最近の脳科学の研究で分かってきた。
トラウマや、人工的な刺激過多等による脳のストレスを取り除き、
本来のイキイキとした五感を取り戻すというのだ。

そういえば、私は若い頃、
一時的に離人症のような症状になったことがあった。
膜越しに世界を見ているようで、何を聞いても触っても現実感がない。
沖縄で言うところの「マブイが落ちた」だ。マブイとは、「たましい」のことね。
そんな私を再生してくれたのは、海であり山だったと思う。
白黒テレビがカラーになるように、
私の世界や五感はイキイキとしたものに変わっていった。
今は街暮らしなのだけれど、
公園の木々のざわめきや、
遊歩道の花壇の花の香り、
聴こえてくる小鳥のさえずりから、自然を感じては楽しんでいる。

さて。前書きが長くなった。
名著「沈黙の春」のカーソン女史の遺作である本書は、
本当に美しい贈り物のような一冊だ。
亡くなった姪の子である、幼いロジャーとともに森や海岸を散策するカーソンの、
自然の描写が詩のように美しい。
自然を前にしたロジャーの驚いたり喜んだりする様子は、
私たちが忘れている「センス・オブ・ワンダー」そのものだ。
「本当に美しいものは目に見えない」と、星の王子様は言ったけれど、
本当に美しいものは、美しさをみつける心だと、カーソンは教えてくれる。

・「センス・オブ・ワンダー」
レイチェル・カーソン著/新潮社

*再掲・加筆あり*「共感疲れ」を考えてみる

(2017年の記事を加筆し再掲します)

***ここから
東日本大震災から「共感疲れ」が知られるようになった。
自分が直接に被災したのではないのに、
被災された方の痛みや悲しみを自分のことのように感じて、
心や身体に不調がでる現象だ。

長いあいだ、共感する感性が大切にされてきた日本の社会では、
「感じる能力」が備わっている人も多く、共感疲れをおこしやすいという。
(ちなみに、共感力が要る職業のひとつであるカウンセラーやセラピストは、
この共感疲れを防ぐ技術を身につけます)

毎日のように、事件や災害の映像を目にする社会に生きている私たち。
自分の心のなかに「幼い子」がいることをイメージしてほしい。
私たちが映像を見て平気でも、心のなかの幼い子はどうだろうか?
幼い子は「今おきていること」と「過去おきたこと」は区別できるだろうか?
また、「ここでおきたこと」と「遠くでおきたこと」の区別は?
それから、「自分におきたこと」と「他人におきたこと」の区別もどうだろうか?

まるで幼い子のような自分の無意識は、
今と過去、ココとソコ、自分と他人の区別がはっきりしていない。

たとえば、こういい聞かせるのもいいだろう。
「過去に遠いところで起きたことで、自分に直接あったことではないんだよ。
この痛みや悲しみは自分ではないんだ」と、
他と自己の区別をつけてあげるのだ。
そして、心を「いま・ここ・自分」に戻して、
ほら、安全でしょ?と落ち着かせてあげよう。

もし、理由の分からない疲れを感じている人がいたら、
テレビやネットニュースから距離を置いて、
自分の心と身体をケアする時間を持とう。
じゃあ、事件や災害のニュースから距離を置けない環境だったら?
スピリチュアルな精神科医で有名な越智啓子先生が、
2011年のメルマガで、たしか、こんな風にアドバイスされていた。
記憶を辿って書いてみるので、参考にしてみてください。

見るのが辛いのに、災害のニュースと距離が取れない時は、
復興や再生が現実化するイメージを持って、
被災された方(物)や、支援している人々に向けて、
祈りを送りながらニュースに接してみましょう。
祈りは相手に届くだけではなく、自分をも守ってくれます。
(おわり)

海と山のエネルギーの違いは?

よく言われることだけど、
海は浄化のエネルギーがあって、
山は充電のエネルギーがある。

そういえば、海辺にいると私は考え事ができなかった。
いや、自分をカラッポにしに行っていたのかもしれない。
ボーッと海を眺めては、波の音を聴くしかなくて、
いつの間にか頭も心もスッキリしていたものだ。
海は「リセット」や「アウトプット」を促すのかもしれない。

一方、山だけれども、
私がキャンプや山歩きに行っていた頃、
「仕事で疲れてヘトヘトだから来た」、と言う人に出会うことが多かった。
それなら、休みの日ぐらい家で寝ていても良さそうなものなのに、
「それが、山に行くほうが元気になるんですよね」と口々に言っていた。
私も山キャンプはよく眠れたなぁ。
山は「チャージ」や「インプット」してくれるのだろう。

海と山、同じ自然なのだけれど、
特性が違うので、使い分けると良いらしい。
何かもやーと滞っているような時は海へ、
体や頭を使ったのでヘトヘトの時は山へ、といった具合にだ。
海は、発散や放出を助け、
山は、活力を与えてくれる。

ここで重要なのはバランスで、
エネルギーは、出さないと入ってこない事を覚えておこう。
身体を動かしている方が疲れにくくなるのは、そんな理由だ。
そして、喉が渇いた時、水を飲み渇きを癒やすように、
古いエネルギーを出した後は、新たにエネルギーを入れていこう。
(海と山、いまの気分は?)

「イルカを追って 野生イルカとの交流記」ホラス・ドブス著

私がスキューバダイビングを始めたきっかけはイルカだった。
仏・映画「グラン・ブルー」を観たことと、
ドッブス博士の「イルカを追って 野生イルカとの交流記」を読んで、
イルカと一緒に泳ぎたいと思ったのだ。カナヅチなのに。

80年代に、何度目かのイルカブームがあって、
日本でも、イルカのスピリチュアル的な要素がクローズアップされた。
イルカセラピーとかアクアセラピーと呼ばれる、
心身に障害を持つ人への、イルカのヒーリング能力である。

実際に、海でドルフィンスイムを体験した方から聞いたのだが、
イルカは、心の傷ついた人や、身体に障害を持つ人に先に近づいていたそうだ。
そして、イルカみたいに潜ったり泳いでいる人のところへ行って一緒に遊び、
ふいに、じゃバイバーイと去っていったという。
イルカと過ごした後は、幸福感に満たされて、
皆の顔が笑顔で輝いていたそうだ。

なぜ、心の傷ついた人や身体の障害を持つ人が分かるのか?
イルカの発する超音波のせいなのか、
群れの仲間を気遣うイルカの習性によるものなのか、
いくつか説はあるけれど、実はよく分かっていない。

この、よく分かっていない、
違う星から来たような謎の生物であるイルカと、
人間との交流を記録したのが本書、
「イルカを追って 野生イルカとの交流記」だ。
英・マン島に現れた野生のイルカ「ドナルド」と、
人々との遭遇と交流を、ドッブス博士は淡々と描く。
ドナルドを快く思っていない住人もいて、
危ない目に遭い、無邪気だったドナルドが少しナーバスになるのもリアルだ。
それでも、一貫して人間を信頼し愛するドナルド…。

昔は違う出版社の単行本だったが、
現在は集英社で文庫化されているようだ。
何回も読み返したくらい好きな本だったけれど、
結末がどうだったのか、流石に何十年も前なので思い出せない。
想いだすのは、当時の私はひどく孤独だったこと、
いや、実際に孤立していたわけでもなくて、
孤独感を持っていた、ということだ。
映画「グラン・ブルー」のジャックのように、
イルカなら分かってくれるんじゃないか、とさえ思っていた。

さて、私がイルカと泳ぐことができたかどうかだが、
失明してダイビングをやめたこともあって、
ついに実現できなかった。
ただ、小型艇の乗船中に、
船と同じスピードで泳ぎ、ジャンプするイルカの群れに遭遇したことはあった。
間近で自分の目で目撃できたのだ。子どもみたいに皆が大はしゃぎ。
もうね、最高にハッピーだった!

・「イルカを追って 野生イルカとの交流記」
ホラス・ドブス著/集英社文庫

不思議なこと

重金属製の歯の詰め物の害はまだまだ知られていないし、
歯の噛みあわせを治すと、心身の不調が改善することも余り知られてはいないが、
知っている人が全国から訪れる歯医者が博多にある。
私は、その歯医者で治療を受けたことがあるのだが、
たくさんの症例といい、提唱している理論と言い、
先を行き過ぎてる、とにかく不思議な歯医者なのだ。
人の歯の組成は、アメジスト(紫水晶)に最も近い、とかね。
しかし、これから書くのはその歯医者の話ではない。

福岡県西方沖地震の数週間後だったと思う。
先に書いた不思議な歯医者さんでの治療の合間に、
博多は某商店街にある、天然石の店に入った時のことだ。
女性の店長さんに、地震の被害はどうでした?と聞いてみたのだが、
「ええ、それがですね…。」、と困ったような顔をしている。
(当時まだ私は視力があった)
あ、聞いてはいけないこと言ったと私は後悔したのだが、
女性の店長さんは控えめに語りはじめた。

「大きく揺れたので、
大変なことになっているだろうと想いながら店へ向かいました。
商店街の酒屋さんでは、落ちて割れた酒瓶を掃除している姿も見ましたし、
近くのタワー式の駐車場の車も落下してました。
これは仕方ないと覚悟を決めて店のシャッターを開けたんですが、
…ゾーっとしました。
前の晩に店を閉じた時のままの光景だったからです。
天然石が、ひとつも動いていませんでした。」

ええ~っ?!
店内には天然席が大小いくつもあって、
カットされたものやタンブルは固定されて置いてあるわけでもないし、
球体の水晶玉は小さな座布団に乗っけただけだ。
一番驚いたのは、店に大きな天然石のオブジェが一対あって、
これがコケたり、落ちて割れなかったこと。
だって、腰高ほどの円柱の天辺の窪みに、
ボーリング玉サイズの天然石の玉がポンと置かれただけなのだ。

「逆に怖かったです。
なんともなかったので。
ただ、壁のカレンダーだけがパタと落ちていて、
それに、天上から落ちたホコリが床にびっしり積もっていたので、
確かに地震の形跡はあったのですが…。」

…不思議なことってあるんですね。
きっと、石の皆さんが、意志を持ってですね、
皆で手をつないで踏ん張ってくれたんでしょうね。
と私は冗談ぽく答えたのでした。

実は、水晶好きには、こういうことはよく知られている。
阪神淡路の時に、水晶は無事だったという話は聞いたことがあった。
水晶は地球が育てた子どものようなものなので、
不思議なんだけど不思議でもないよな、と私は思うのでした。

新しい春 新しい年

明日は節分、明後日は立春。
太陽の運行が基になっている二十四節季の立春を境に、
ぐーんと陽の光が増してくる。

しかし、春が始まるってことは、冬がピークだってことで、
節分は、冬の大クライマックスだ!
紅白のフィナーレみたいに盛大に豆を投げまくって、
次の日の立春に、新しい春がやってくる。

一方、新しい年の始まりと言ったら旧正月。
しかし、この旧正月、年によってバラバラなんである
旧暦は月の満ち欠けを基にした暦なので、
一か月が29か30日、一年が354日くらいの計算になる。
ということは、太陽サイクルだと一年が365日だから、
どうしたって毎年10日ほど、三年で一か月分がズレてしまう。

そこで三年に一度の割合で、
一か月分の「うるう月」を足した13ヶ月の年を作る。
その「うるう月」が季節のどこに入るのかってことが、
私にはさっぱり見当がつかないし、謎なのだけれど、
しかも、旧暦の通りに、その季節が実際に長かったり短かかったりするので、
私はもう驚いてしまって予言?魔法?って思うのだけれども、
適当に「うるう月」をここに入れとけ、じゃなくて、
何千年分の統計から編み出した科学的データだから、予言でも魔法でもないのだ。
昔の人って凄いなって思う。

さて、今年の旧正月は二月五日だ。
三日が節分、四日が立春なので、
今年は、春のスタートと新年のスタートが近い。
ということは、「二つの大晦日」がダブルなわけで、
夜明け前がいちばん暗いように、
旧暦の年末にあたる今年の一月は、嫌な事件のニュースが続いた気がするし、
もしかして、心身の調子がイマイチだなと思う人は多かったかもしれない。
人間も自然の一部なので、
自然のリズムに沿った旧暦と無縁ではないのだ。

うむ、新春と新年の前だからなぁ、色々あるさと思っていたら、
1月26日に作曲家のミシェル・ルグランが、
1月29日は作家の橋本治が、
今生を終えて、新しいステージへ旅だってしまった。
なんだか、「時代の天才」まで去っていく年末なのでした。
(新しくなるのは、春や年だけじゃなく時代もなのかしら)