活躍したくても…という人たちを見てきたからかもしれないけれど、
この言葉は私、なんか居心地悪いなぁ…。
活躍という言葉を「役に立つ」というニュアンスにしているかもしれない。
わたし自信が、視覚障害になって
「人の役にたたない」という思いこみが、
長いこと辛かったのは確かなこと。
役にたつという「思い」は、ときに人を苦しめる。
実際、知り合いの中途視覚障害の方で、
看護士や介護士など、援助する職業だった方は特に、
もともと「誰かの役にたちたい」という思いや願いがあるので、
その葛藤は大変なものに思える。
しかし、徐々に分かってくるものもある。
何か言葉を交わしたり、ただ微笑んだり、相手を思って祈ったり、
穏やかな心地でただ居る。
そんな在り方の人が、すごいレベルで「役にたっている」のではないか?
しかし、この一億総活躍という言葉は、
見るたび(聴くたびですが)、
私はどうも、お腹が重たくなる感じがする。
そしてザワザワとした気分になるのは、「気のせい」なのだろうか?