カテゴリー別アーカイブ: アイメイト(盲導犬)と暮らす

どこの誰かは知らないけれど

いつもの並木道を歩いていると、
急にアイメイトのサンダーが立ち止まって、先を進まなくなった。
私の「ゴー(進め)」のコマンドにも、サンダーは頑として動かない。
ゴー(シーン) 
だからゴーだよ(またまたシーン)

どうしたの? 何かあるのかな?と考えていたら、
「訓練中ですかー?」と声がして、
道路を挟んだ向こうから誰かが駆け寄ってきた。
声で性別と年齢はだいたい分かるのだけれど、
若いお兄さんが、たぶん明日くらいから工事がはじまるみたいで、
ここ通行止めになってるんです、と教えてくれた。
盲導犬の訓練中なのか?と私とサンダーを眺めていたら、
(沿線に中部盲導犬協会さんもあって、私も訓練士さんぽいのか間違えられる)
そうじゃないかも、とわざわざ道を渡って教えにきてくれたようだ。
私はお礼を言ってサンダーと引き返す。

引き返したはいいけれど、いつもと聞こえる音がなんだか違う…。
どうやら引き返した時に私が方向を勘違いして、脇道に入ったようだ。
通りかかった人に声をかけて「ここはどこですか?」と聞いてみた。
「ここは線路下をくぐった先でね、
それなら大通りまで一緒に行くよ」とオジサンは言う。
オジサンは大通りにでたら、「ここだよ、じゃあね」と言い去っていった。

もう家に着いたけど、これじゃ歩き足りないなあ…。
再びサンダーと歩き出したら、
「雪ふってきてるよ!」とすれ違ったナイスミドルが教えてくれた。
…ほんとだ、チラチラ降ってきてる。
雨みたいな雪を頬に当たるのを感じながら、私とサンダーは家に帰って来た。

なんだか困ったり迷ったりしたけれど、うれしかったな。
冷たい日だったけど、道行く人たちは温かいね。

サンダーと体験学習へ行ってきました

*追記 2017年よりプログラムを変えています。
この記事は2016年度のプログラムになります。

***
昨年も講師としてお招きいただいた、中川区の小学校です。
生徒さんにお話したのは二つのテーマ。
「アイメイト(盲導犬)ってなぁに?」と、
「街で目の不自由な人に出会った時、どうしたらいいの?」。

サンダーと電車に見立てた座席の空席を探すデモンストレーションや、
アイメイトについて説明した、アイメイト協会のDVDを見てもらい、
視覚障害者とアイメイトは、
協力して街を歩く「チーム」であることを知ってもらいました。

一人で街を歩く訓練を受けたアイメイト利用者でも、
お手伝いしてほしいことが時にあります。
白杖をお使いの視覚障害の方は勿論のこと、
誰かの助けが、本当にありがたいものです。

目の不自由な人をお手伝いするとは、
尋ねられた道を説明することであったり、
食事の時に、お皿やコップの位地を伝えたり、
腕を貸して誘導することだったり。

では、誘導するときのポイントは?
実際に生徒さんには、アイマスクを着けたお友達を誘導しながら
二人でドアを通り抜ける体験をしていただきました。

最初に「安心で安全に」を約束してもらい、
まず生徒さんなりに考えながらトライしていただきました。
そして、考えてやってみて、
それぞれのの感想や気づきを話し合い、グループで分かち合いました。
最期に私から「誘導の基本形」をお伝えするスタイルです。

昨年も私が感じたことですが、
生徒さん達の発想の柔らかなこと。
へぇーー!
視覚障害の私も、福祉の専門家の社会福祉協議会のスタッフさんも、
目からウロコの、新たな発見がいくつも。
私こそ、生徒さんに教わった授業だったのでした。

ジドリボーって

スマホで自らを撮影する補助スティックだったのか…。
私は「地鶏棒」かと思っていた。
棒状のチキンナゲット? うまい棒のような駄菓子?
名古屋コーチンとか比内鶏とかの地鶏の。

なので、友人から詳しい説明を聞いて、もうびっくりした。
そんなアイテムがあって、しかも売れているの?
そして自分の頭のなかの漢字変換にもあきれたのだった。
しかし、自撮り棒ってネーミング、漢字も響きもムズムズするなぁ。

ドローンのことを聞いたときもムズムズしたものだ。
蜘蛛か蝙蝠みたいな形状で、どろーん。
…ムズムズ。

それから、イケメンゴリラのシャバーニ。
名前からしてイケメンな感じ。
しかし、私はゴリラのイメージのストックが貧弱なのか、
浮かぶヴィジュアルがなぜかゴリラーマンになってしまう。
涼しい目元ということなので、イメージしてみるもなんか変…。
ゴリラのお顔に、ゴルゴ13の目をモンタージュしたみたいな違和感が。
なんだかクスクス笑った。(造りだけでなく、きっと表情もイケメンなのね)

こんな風にムズムズしたりクスクスしたり、
時にはジーンとしたりホロりとしたり。
目の見えない日常はけっこう退屈しないのだった。

失敗を乗り越えるのは成功体験②

夕方にサンダーと歩くと、秋刀魚を焼く匂いがするようになってきた。
こないだは「あ、秋刀魚」「こっちも秋刀魚」状態だった。

アイメイトのサンダーとペアになりたての、しばらくの間だったろうか、
そういえば、家の周囲を歩いていて街の匂いが分からなかったっけ。
反対に、やけに音が大きく聴こえたものだ。
いつの間にか匂いが分かるようになり、音も普通の聴こえになった。
あの頃はストレスのかかる状況だったのかな、と今にして思う。

家から数分の最寄りの駅まで行って帰ってくるだけで、
身体はガチガチ、真冬なのに汗かいてグッタリのクタクタ。
サンダーとの意志の疎通もまだまだの時期、
引っ越ししたばかりだったので、地形も道も知らないオマケつきだ。
家の前を通り過ぎたり、違うとこで角を曲がったり、
とほほ…。
片道数分の駅が、果てしなく遠く感じられたのだった。

しかし、出かけたら家に帰らない訳にもいかないので、
午前に失敗した場所に、午後から出かけてはクリアするを繰り返した。
「なんとか家に戻ってきた!」が、この頃の成功だったのだ。
ばんざーい、嬉しいなぁ~。玄関でしみじみ思ったものだ。

健常者の方にしたら、「そんなことが?」かもしれない。
困ったことを、「そんなの、どこが問題なんだ?」とはなから笑われもした
(反面教師というのか、私を映し出す鏡になってくれる人はありがたいものだ)
しかし、大変な思いをした経験を持つ人や、
そんな人達と向き合い続けてきた人は違ったのだった。
そういえば、今でもお付き合いの続いているのは、そんな在り方の人達だ。

次第に駅からノーミスで帰れるようになり、
いつしか、ぐるりと一時間ウォーキングコースも何本か開拓した。
…サンダーよ、思えば遠くに来たもんだねー。

街の景色のひとつ

サンダーと歩いていて、
何人かの道行く人に「お久しぶりですね」と声をかけられた。

まだ名古屋は暑いけど、朝から暑いということは無くなってきた。
サンダーと歩く時間帯も、早朝から朝へとシフトして、
ロングコースを再開なのだ。

私とサンダーの目撃時間と範囲が
季節によって変わるので、
季節毎に「お久しぶり」なのだった。

「しばらく見かけなかったから、今日は声をかけてみた」
と、おっしゃるオジサンオバサンもいた。
お互い知らない人なんだけど、
そういうことってあるよなぁ。
私は相手の姿は分からないけれどね。

アイメイト協会のスタッフさんに言われたものだ。
サンダーとどんどん歩いてください。
アイメイトや盲導犬と歩くのが、
珍しくもない普通のことになるまでに。

明日は学校の始業式。
久しぶりの集団登校の風景だな。

視覚障害になってファッションは変わったのか?

これはイエスでもあり、ノーでもある。
変わったことと言えば、
冬は特に、黒や黒に近いダークカラーのアウターを着なくなったことだろうか。

目が弱くなり始めた時から、
合わせやすかろうと、黒のアウターを選んで着るようになった。
しかし、いざ悪くなるとめっきり着なくなったのだ。

なーんだ、である。
もともと私は、黒のアウターはあまり好きじゃなかったのだ。
視覚障害の人は色が分からなくなるのだから、
黒やダークカラーを着るのではないか?
そう勝手に思い込んでいたのだった。

なので、視覚障害になってファッションは変わったようで変わっていない。
私の場合は思い込みの黒コーデから、「元に戻った」のだけれども。

元に戻ったのではあるけれど、
新たな要素も加わったかもしれない。
「身を守る」要素だ。
アウトドアが趣味だったので、
身を守るための衣服という考えは持っていたけれど、
より意識するようになったかも。

陽射しも弱く日暮れも早い冬は、
視認性の良いアウターを着て歩いている。
また、雨の日でも目立つように、
私とサンダー、お揃いのモンベルの黄色いレインコートを着ている。
(汚れやすいレインパンツは黒。)
雨の日でも明るい気分になるサンフラワーイエローだ。

さて。視覚障害になったらファッションが楽しめないのでは?と思っていたけれど、
そんなことないな、と知り合いの視覚障害の方達と接して分かった。
カラフルな色が好きな人は変わらずカラフルな色を着るし。
もちろん、黒の好きな人は変わらず黒を着るし、
お気に入りのピンヒールを履いて盲導犬と歩いている知り合いもいる。
着付けを習って和装を楽しむ人もいる。
楽しんでいた人は、変わらず楽しんでいるのだ。

「観たぞ、リオデジャネイロオリンピック!」でオリンピックを楽しむ

ほぼ日刊イトイ新聞の、「観たぞ、リオデジャネイロオリンピック!」が始まった。
私のリオデジャネイロオリンピックの幕開けである。
なにせ、オリンピック情報は「観たぞ」が頼りの私なのだ。

私は、オリンピックの時だけ盛り上がる「にわかスポーツファン」で、
もともと試合やプレーと関係ないことが楽しく思えるタイプ。
「にわかファン」が、オリンピックを観戦して、
感じたこと、思ったことを投稿するのが「観たぞ」だ。

なにせ、にわかファンが投稿するものだから、
「そこを見ていたのか!?」なのだ。
にわかならではの、柔らかで、真っ白な視点。
讀んでいて驚いたり感動したり大笑いするのは、そのせいだろう。

そして「観たぞ、オリンピック」シリーズの投稿に、
流れる空気のようなもの、眼差しは優しく穏やかだ。(しかも面白いなんて)
見ず知らずの人たちや、コーナー担当の永田さんの、
優しく穏やかな眼差しから生まれた言葉が、私の目の代わりになってくれる。
私はまた、こうしてオリンピックを観戦するのだった。
さぁ、楽しむぞおお!
(私の投稿が本日6日分に掲載されていた。うれしいな。)

観たぞ、リオデジャネイロオリンピック! – ほぼ日刊イトイ新聞

http://www.1101.com/rio2016/index.html

あなたは知らない 私も知らない

「目が見えているみたい」と言われることが多い。
言ってくださる方から、驚きや賞賛のようなものを肌で感じるので、
私は素直に嬉しい。

親切な人や優しい人の多い名古屋だけれど、
ごく稀に、ン?と思ってしまう方に出会うことがある。
「見えているんじゃないか」と疑惑を持たれたり、
「見えているくせに」と非難されたり。

実は昨日の朝、
「見えているくせに犬(盲導犬)連れやがってバッキャロー」
と、すれ違い様に暴言を言われたのだった。
そんなに歩く姿が自然に見えたのか!?と嬉しい反面、
それがとんだ誤解になるなんて…、と複雑な心境になった。

その人のイメージに合わないからなのだろうか。
例えば極端な話、
勝新太郎の座頭市が視覚障害者のイメージになっているとしたら、
実際の視覚障害者は、おそらく誰もイメージに合わないだろう。

私は網膜の障害なので、一見して健常者の目と変わらない。
中途失明なので、見えていた頃のふるまいや所作が残っている。
もちろん多くの視覚障害者がそうであるように、
努力や工夫、訓練や手助けで、ありふれた日常生活を送っている。
そんなこと知らない人は知らない。
でも、それも当然なことなのだ。

言われのない誤解や非難、暴言や陰口、
やはり傷ついたり、腹も立つけれど、
これはコントロールドラマかもしれない、と気がついた時は、
「土俵から降りる」ことも早くなってきた。

しかし、「どうってことない」と思えるようになってきたのには訳がある。
だって、家族や親しい人たちは、私の道のりを知っている。
そして、いちばん自分自身が道のりを知っているもんね。

陰口や暴言の人は、見ず知らずの人だったりするものだ。
その人たちが私の道のりを知らないように、
私も、その人たちの道のりは知らないのだ。

梅雨がちょっぴり好きな理由

梅雨に入ったばかりの時期は、
霧雨や小雨が降ることが多い。
先日、早朝や夕方に霧雨が降っていたので、
やったぁー!とばかりに、雨具なしでサンダーと歩きに出た。

しっとりするだけで、とたんに乾いていくような、
ちりちりと降る霧雨が肌に心地いい。
空気もひんやり、
まるで緯度の高い外国を歩いているみたい。
気分はロンドンかオレゴンだ(行ったことないけどね)。

そういえば、視力がまだ残っていた頃、
かなり見えにくくなっていた筈なのに、
今のような梅雨の始めの時期は、不思議と目の見え方が良かった。
緑や花が綺麗に見えていたことを思い出す。

…はて、どうしていつもより綺麗に見えていたのだろう?
写真家の友人が言っていたっけ。
曇りや小雨の日は、陽射しが強すぎないから
色の「白飛び」が少ない。
雨の日は、しっとりとした水気で艶めかしく、
緑や花が「色っぽい」。
無風だったら、緑や花は揺れることなく静止しているから、
より色が濃く鮮やかに映る、と。

…色がその色らしい季節だからなのか。
霧雨を歩くと楽しいのは、
肌に潤いだけじゃなかった。
心に色が潤うのね。

梅雨って何かと面倒で鬱陶しいなぁ。
そう思いながらも、
どこか梅雨を心待ちにしている私なのです。

ルンバにサンダーの反応は?

もしアイメイトのサンダーが、
お掃除ロボット・ルンバの動きに怖がって怯えたり、
反対に、はしゃいで遊んでしまうようだったら、
困ったことになるなぁと思っていたのです。

しかしと言うのか、やっぱりと言うのか、
サンダーの反応はどちらでもなかったです。
特に怖がるでもなく、
はしゃいでしまうでもなく。
ルンバが迫ってきたらトコトコ逃げて道を譲り、
ルンバが姿を消したら、そっと遠くから見に行く。
なんとも可愛らしい反応でした。
サンダーが逃げた後にルンバが追いかける形になり、
行き止まりでおかしな追い込み漁みたいになったりしますけどね。

サンダーの順応力にまたも感心しましたよ。
さて、全盲の私はというと、
ルンバの操作に慣れたものの(ボタンをひとつ押すだけですからね)
ルンバ特有の予測のつかない動きには、
ちょっとまだ慣れていません。

ガーという走行音と、ゴンゴンあちこちにぶつかる音で、
そこにいましたか?と分かるのですがね。
ルンバはサンダーの様によけてくれないし。

そう、サンダーは私が家の中を歩くときは、
よけてくれるのですよ。
私が迫ってきたらトコトコ逃げて道を譲り、
私が姿を消したら、そっと遠くから見に行く。
…あら、私とルンバ
サンダーに同じ反応されているような気がしてきました。