「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」 明川哲也・著

なんと、インパクトのあるタイトル…。
以下は著者の明川哲也さん(ドリアン助川さん)が
このご著書について語られている文の転載になります。

***転載ここから

自著を語る「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」
晶文社刊 ¥2900(税別)

生きていくことを新たに思わせるのは、
偶然の向う側に潜んだ何らかの力を潔く受け入れた瞬間かもしれない。
 たとえば日本を離れてブルックリンでくすぶっていた私が、
大した目的意識も持たずに自殺率というキーワードで
世界保健機関(WHO)の統計を調べ始めた夜である。
 この五年間で自ら命を断った日本人はおよそ十七万人。
旧共産圏を除いた国々では最悪の数字で、
順位だけを見比べるなら男性よりも女性がひどかった。
リトアニア、ハンガリーと並んで世界一である。
これだけ物があふれ、女性誌が盛んにおしゃれを書き立てる国で
なぜこのような現象が起きるのか。
生きていくことが得意だとは言えない私ですら、
コンピュータを前にしてみぞれ雲のように冷たくうなだれてしまった。
 一方で、死なない国というのもあった。
経済的にはいつも窮乏しているメキシコである。
自殺率は日本の八分の一以下。ここ半世紀、ずっと世界最低を記録している。
言うならば、世界でもっとも鬱から遠い国、それがメキシコなのだ。
日本との違いはいったい何なのか。 
 そこで第二の偶然である。
私はメキシコ移民の吹きだまりのような街に住んでいた。
否応無しに彼らと同じ食事をとらなければならない。
まさかと思いながらも、私は毎度の皿の上について素人なりの研究を始めた。
偶然の向う側が、
食と気質について奥深い命題を差し出しているように感じたからである。
 トマト、ペッパー、インゲン豆、カカオ。
半年も調べている内に、
メキシコから世界に広がった食物についてそれぞれ多大な発見があった。
たとえば各国のタンパク質摂取量中に於けるインゲン豆の比率を
自殺率表と重ね合わせた時である。
私は息まで鳥肌になった。
見事に反比例したからだ。
タンパク質を肉だけに頼り、
食物繊維が不足がちな便秘国家はおしなべて自殺大国なのである。
 何かが書けるかもしれない。
ここしばらく心の灯が消えたようになり、
ドリアン助川という通名も捨てて内側に塞がっていた私は、
それらの偶然に押されるようにメキシコ各地を目指した。
そして自分がとんでもない物語の最初の数頁に入り込んだことに気付いたのである。
 私は食べ物からメキシコを知ろうとし、
食べなくては生きていけない人類の、
その根幹部分の秘密に触れようとしていたのだ。
私たちの命の遥か以前から用意されていたある物語。
それは釈尊の悟りのように、
拒みのない普遍性をもって横たわっているように私には見えた。
 この普遍性は
生きることと向かい合うすべての人々に届けなければいけないと思った。
筆名は明川哲也。
データファンタジーという新しい形式の長篇作品である。
そしてその冒険と思索を通じて、
メキシコはひとつの窓になり、
もう一度生きろ、地上はそのためにあるのだと、私にはそう聞こえたのである。  
 
明川哲也

***転載おわり

*「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」
明川 哲也
2003年/晶文社

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