「うさぎ!」第4話 小沢健二・著

「探偵は、うさぎ達に言いました。
「本当には何が起ったか、本当には何が起っているのか、見えてくるんだよ。
灰色の存在に気がつくと、
偽造された歴史、捏造された『普通の感覚』、というものが見えてくる。」
小沢健二さんの連載小説「うさぎ!」より。

童話仕立ての、やさしい文章で、
陰謀論ではすまされない、世界の真実を描いている。
民主主義や資本主義とは名ばかりで、
実は存在しないことが、よーくわかる。

ライバル企業のオーナーをたどっていくと同族だった、
これはよくある話だ。
ところで、
地雷を作って売る戦争屋と、
地雷を除去する人道的機関は、
どちらも辿っていけば、はるか上のいちばんてっぺんは、おんなじ組織、というのはご存じだろうか?
地雷は、設置するより除去するほうが何倍も費用がかかる。
戦争で大儲けして、
戦争処理でもさらに儲かる仕組みができあがっている。
こういうことは、大きなメディアや教育を使って巧みに隠されていることを知ろう。
(世界保健機関WHOの実態も調べてみてね)

*登場人物
うさぎ
「豊かな」国に住む、すこし太った、十五才の少年。

きらら
「豊かな」国に住む、やせた、黒い瞳をした、十五才の少女。
トゥラルパン
「豊かな」国に住む、ぼさぼさの髪をした、十五才の少女。

珈琲と本・あひる社
うさぎ、きらら、トゥラルパンが住む「豊かな」国の街にある、珈琲屋。
いろいろの人がたむろする店。
勉強会、料理会、映画会、誰かを招いて話を聞くなどの活動をしている。
手づくりの雑誌やいろいろな本が置いてある。
あひる号というパソコンもある。
ここで、うさぎときららは出会った。

灰色
人ではない。
「大きなお金の塊」と呼ばれるものの中に棲む。
あらゆる方法を使って、人を動かし、その「大きなお金の塊」を大きくすることだけを考えている。

「うさぎ!」第4話

(中略)
待てよ? うさぎは思いました。イメージ?

うさぎは、「イメージ」の気配がすると、
動物のうさぎの耳がピンと立つように、
警戒心が目覚めてくるのでした。

「イメージ」というのは、人が、
よく知らないものについてもっている、
ぼんやりとした印象でした。
そして、灰色のつくり出す世界は、
「イメージ」で満ちあふれていました。
人は、イメージで買い物をして、イメージで政治家に投票して、
イメージで他の国の人たちに憧れたり、
反感を持ったりしました。

あるいは、「豊かな」国々では、
新しいイメージの化粧品やシャンプーが、
毎年毎年発売されるようでした。

そして、新しいイメージの化粧品たちをよく見ると、
どれも同じ工場で作られた、
同じ内容のものが、
何度も容器の形や、匂いや、宣伝するタレントさんを変えて
売られているだけのようでした。

そういう新しいイメージの品物を、
せっせと買っている「豊かな」国々の人たちは、言い張りました。

「けれど、微妙な違いを気にして、
 選ぶのが楽しいんだよ。
 どれも同じだなんて、違いがわからないから、
 そんなことを言うんだよ。」

そうやって「豊かな」国々の人たちは、
イメージの世界に閉じこもるように買い物をしました。

しかし、そこには大きな問題がありました。
それは、何を買うにも、
たくさんの品物の中から選ばなければならないので、
選ぶ時間がつもりつもって、

まったく他のことをする時間がなくなってしまうのでした。

このお話の頃、「豊かな」国々の人たちは、
「選んで買う」ことに、恐ろしいほどの時間を費やしていました。
ずらりと並んだ歯ブラシの前で、
ジュース売り場で、…
そんなことをしていれば、
もちろんホシゾラを見上げて考えごとをする時間などは
なくなってしまうのでした。

灰色は、寝転んで星空を見上げているような子どもや、
種を植えてその芽がでるのを楽しみに待っているような子どもが、
大嫌いでした。
そんなことをしている子どもの口には、
薬を突っ込んで黙らせてしまえ、と思うのでした。

そして、いつも感情を抑えこんで、
絶対に失敗をしないように生きようとする、
おびえた子どもたちが育てばいい、と思うのでした。
心ががんじがらめになって、
自由に動くことのできない子どもたちが、
たくさん育てばいいと思うのでした。

灰色は、「自由な人の心」を怖れていました。

なぜなら、灰色は、人の心の持つ大きな力を
よくわかっていたからでした。
そして、その大きな力が自由に動きだして、
今にも灰色をぶち殺しにくるのではないかと、
密かに怖れているのでした。

人の心が自由に動き出さないためには、
人をいつも忙しくさせておくことが必要でした。
忙しくて忙しくて、
自由に考えたり、何かを思ったりすることなど
できない状態にしておく必要がありました。

「微妙にイメージの違う品物を、
 たくさんつくり出せ!」
灰色は手下達に命令をしました。
「あのブランドはこんなイメージだ、
 このブランドはこんなイメージだ、
 という、ぼんやりとした考えを、世の中にまき散らせ!
 そうすれば人は、どうでもいいものを買うにも、
 5分も十分も考えなければならなくなる。
 ボールペンを一本買うにも、
 あれこれ比べて選ばなければならなくなる。
 そして物を選んでいるうちに、
 クタクタに疲れてしまうにちがいない!」

「さて」
手下は、真剣な顔で言いました。
「厄介なのは、あのいまいましい、小さな店の主人たちです。
 小さな店では、たくさんの品物を並べることができません。
 そのために、店の主人たちは、
 大量に発売されている品物の中から
『うちで売るハサミはいつもこれ』などと、
 品物を選んでしまうのです。
 主人たちは、品物には詳しいですから、
『あれは高いけどあんまり良くない』
『これは安いけど単純で使いやすい』と、
 それなりに良いものを選んでしまいます。
 お客たちが、主人に意見を言うこともしばしばです。」

「それは非常に危険だ。」
灰色は、手下が何を心配しているか、すぐに気がつきました。
「そうなんです。こちらを見てください。」
そういうと手下は、他の手下たちのために用意した資料を、
大きなスクリーンに映し出しました。

小さな店が、灰色にとって危険である理由
1 並んでいる品物が少ないので、
 お客が品物を選んでいる時間が短く、疲れない。
 そのために、一日の中で、人が自由に考えたり、
 他の人の心配をする時間が増えてしまう。

「1は、簡単におわかりだと思います。
 おそろしいのは、次の2なのです。」

2 市場の力が働いてしまう。

会議室に、どよめきが起こりました。

小さな店では、お客たちが、
「あの品物は安いけれど良かった」とか、
「あの品物は高い上に、すぐ壊れた」などと、
店の主人と話をします。
主人の方は、
「こんなひどい作りの安物を売るのは心がひける」とか、
自分の知識や、良心や、利益や、
近所の人たちの意見を考えに入れて、品物を仕入れます。

そういう店では、それなりに、良いものが売られて、
良くないものは売られなくなっていきます。
それが、「市場の力が働く」ということでした。
しかし、良いものが売られて、
良くないものが売られなくなるのは、
灰色にとっては、大変都合が悪いのです。

なぜなら、灰色のつくり出す世界では、
人々がまったく欲しくもない、余計な機能がどっさりついた、
壊れやすい品物が、
つぎつぎと売られなければならないからでした。

たとえば、人びとがほしいファックスの機能は、
単純に送信と受信ができる、壊れにくいものでした。

しかし、送るスピードが速いとか、
電話番号が500件覚えられるとか、
どうでもいい、めったに使わない機能が
たくさんついたファックスの機械が売られているのでした。
そして、なおそうとすると、
「新しいのを買った方が安いよ」と言われ、
さらにどうでもいい機能が満載になった
ファックスの機械を買うはめになるのでした。

「市場の力」が働けば、
プリンターのインクは、インクを注ぎ足して使える方が良い、
ということになるはずでした。
インクのカートリッジは値段が高いし、
たくさんのカートリッジを製造すると、
水や空気が汚れて、とても効率が悪いからでした。

ところが、プラスチックでできたインクのカートリッジを、
いくつもいくつも買って捨てなくてはならないのでした。

そうやって、灰色と灰色の手下たちは、
無駄なものばかりが売られて捨てられる、
効率の悪い世の中をつくっていました。

たまに、カートリッジにインクをつぎたす品物が発売されていて、
「これはやすくて、ゴミも減って、なかなか良い」
と気に入って使っていると、その品物は、
いつのまにか店先から消えてしまうのでした。
どうやら、大きな企業が、
「そんなものを売られると商売にならない」
と、文句をつけたらしいのでした。

そうやって手下たちは、
良いものを売り出す、
本当の競争相手が生まれないようにしているのでした。
そして。お互いに「競争相手だ」という
「ライバル企業」をよく見ると、
持ち主は、どうも同じ企業や同じ人たちのようでした。

手下たちは、自分たちの言っていることと
やっていることが正反対だと、
よくわかっていました。
というのは。彼らは口では
「自由競争によって、市場の力で、
 世の中の効率を良くする」
と言いながら、本当は、

「自由競争が起こらないようにして、
 市場の力をねじ曲げて、
 世の中の効率を悪くする」
ことに一生懸命だからでした。
そうしないと、灰色の棲む「お金の塊」を
大きくし続けることができないのです。

しかも、コンピューターやハイテクの製品が開発されたお金は、
よく見ると、人びとが払った税金でした。

税金で開発したのだから、
製品を売った利益が、大きな企業が払う税金として、
人びとに返ってくるかと思うと、
大企業や大株主たちの税金はやすくなるばかりで、
全然返ってきません。
お金を出した人に利益を返さないのでは、
「資本主義」もへったくれもありません。

灰色の世界を注意して見る人は、
「市場の力」も「自由競争」も「資本主義」も、
まともに存在していないことに気がつくのでした。

けれども、不思議なことに、このお話の頃の
「豊かな」国々の人たちが持っている世の中のイメージは、
「市場原理によって、
 自由競争で、強いものが生き残る、
 資本主義の社会」
というものなのでした。

「みなさんお静かに!」
灰色の手下は、騒がしくなった会議室に向かって言いました。
「私たちはもちろん、小さな店の主人たちが品物を選ぶことなど、
 許しません。
 そのために今までは、リベートなどによって、
 『この品物を店に置けば、これだけのお金をあげるよ』
 とやさしく対応してきました。
 しかし、そもそも小さな店など全部つぶして、
 大きなチェーン店にしてしまえばよいのです。」

他の手下たちは、ほっとしたようでした。
大きなチェーンになった店では、
働く人たちは、言うこともやることも
本部によって決められています。
小さな店の主人たちのように、
近所の人たちの意見を聞いて、
良いものを仕入れることなどできません。

また、店員たちは短い期間だけ雇われるので、
お客さんに品物について質問されても、
答えることができません。
その割に、喋り方と表情の訓練だけはされているので、
顔はニコニコとして、
ことば遣いはロボットのようになっています。

店員としても、人間に戻って、
「いやー正直やってらんねーっすよ」
と言いたいのですが、
そんなところが監視カメラにでもうつって、
クビになったら大変です。

丁寧な喋り方と笑顔の裏で、
じわじわと意地悪な性格になっていくような気がして、
本人もつらいのです。
お客の方は、ニコニコ顔のロボットと話すよりも自分で探そうと、
巨大な売り場を歩き回ることになります。

そうやってお客たちは、
一人一人ばらばらに、
ぼんやりしたイメージに頼って、
たくさんの品物を選び続けることになるのでした。

大きなチェーン店の店内では、
お客が見るものも聞くものも、
チェーンの本部からコントロールすることができました。
本部は、
「どの商品棚で、どの品物を、いくつ、どの順番で見るか」
をコントロールすることで、
お客たちが何を買うか、大体予測することができました。

人びとの行動を予測する。
それは、灰色にとって大事なことでした。
灰色は、人の社会に、自分がコントロールできない、
予測のできないことが起こるのが大嫌いでした。
それは灰色に、
夏の空に突然かかる大きな虹のようなものを思わせました。

灰色は、虹というものが嫌いでした。
楽しそうで、やわらかで、人を微笑ませる虹は、
灰色のつくり出したい、苦しくて、硬くて、暗い顔の人が
ゾロゾロ歩くような世界とは、全く正反対なのでした。

灰色の手下は、演説を続けました。
「それから、人が自ら進んで、
 売り場で品物を選んでいる時間を増やすようにすることが
 必要です。」
「どうすればいいのだ?」
灰色は、手下に聞きました。

「ほとんど同じ品物の中から、どれかを選び出すのが、
 星空を見上げたり、踊ったり、
 他の人と真剣に話すよりも楽しい、
 と思いこませればいいのです。
 こんなうたい文句を、人の心に叩き込むのはどうでしょう?」

選べて楽しい!

第4話 : うさぎ

http://usagiozawa.doorblog.jp/archives/23810698.html

*「うさぎ!」小沢健二・著
雑誌「子どもと昔話」で連載

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