「城」 萩尾望都・著

大島弓子先生とともに、私の敬愛するマンガ家の萩尾望都先生。
今回ご紹介するのは、少年の心の成長を描いた短編です。

両親が離婚したラドクリフは、自らの意志で父親と暮らします。
しかし父親の都合で寄宿学校に入校することになり、
「この子は神経質で扱いにくい」と、父親が先生に告げる言葉に傷つきます。
いままでパパに気にいられるように頑張ってきたのに…。
失意のラドクリフは、あるイメージが心に浮かぶようになります。
子鬼が白い石と黒い石を積み上げて城をつくる夢。

この作品で城は、自分自身を意味します。
城の表面の壁は、心の表面・自分が意識しているセルフイメージとして、
城の裏面の壁は、心の深層・自分が気づいていない(気づこうとしない)
ほんとうの自分という設定で、ストーリーはすすみます。
そして白い石は「良い自分」で、
黒い石は「悪い嫌な自分」です。

ラドクリフは黒い石を認めたくありません。
だってパパに気にいられるように「いい子」でいなくてはならないからです。
子鬼は「君の中にパパを憎む気持ちや怒りの感情があるじゃないか」と言います。
そして、誰しも白い石と黒い石の割合は半々だと教えます。

ラドクリフの前に二人の上級生が現れます。
優等生のアダムと、不良のオシアンです。
ラドクリフは親切で優しいアダムが大好きで、意地悪なオシアンは大嫌いです。
しかし子鬼は、その二人の「城の表と裏をみてみなよ」と言います。
アダムの城は表面が真っ白ですが、裏面は黒い石が放置され崩れています。
アダムは黒い石の存在が「無いこと」になっているのです。
一方、オシアンの城は表面が真っ黒、裏面はピカピカの真っ白です。
こんなにナイーブで真っ白では、表は真っ黒にならざるを得ないだろう?

ラドクリフは、人は表面だけでは分からないということを理解しはじめますが、
じゃあどんな城、つまりどんな自分をつくったらいいのかは分かりません。

ここで一人の女性が登場します。
この女性の城の裏と表は、城と黒が混じった杢グレー色に見えます。
白い石と黒い石が均等に積み上げられているからです。
しかも、どちらの石も磨きあげられた美しい光沢があります。
(オシアンがこの女性と関係を持ち、ある結末をたどりますが…。)

白い石も黒い石も、愛情という漆喰で塗り固めて 
僕は自分自身の城をつくる。
ラストでラドクリフはこう決意して物語は終わります。

ほんとうの自分と向きあうことは勇気がいるものだ。
嫌な自分を認めることはなんて辛いのだろう。
私は葛藤していた二十代の頃にこの作品を読んで、
とても心が楽になったことを憶えています。
白い石も黒い石も愛していけたらいいね、
時おり思いだす大切な作品です。

*「萩尾望都作品集・第二期 第8巻 訪問者」に収録
萩尾 望都
小学館

「城」 萩尾望都・著」への3件のフィードバック

  1. お邪魔いたします。
    私もこの作品が大好きなので、取り上げていただけてとても嬉しいです。

    私の両親もラドクリフの両親のように仲が悪く、幼い私はどう生きていけばいいのか迷うばかりでした。
    スタートからの大嵐で極端に走りがちな中、どこかで希望とバランス感覚を失わずに生きられたのは、数多くの萩尾望都作品、とりわけこの『城』のおかげだったと思います。

    ここで描かれるラドクリフの気持ちは、家庭が特に難しい状態でなくとも、思春期には必ずぶつかる誰もが命題ですよね。
    10〜20代の人にぜひ読んでほしい作品です。

  2. はじめまして。コメントありがとうございます。

    大嵐という表現はまさにピッタリだなと思います。
    ご両親の不仲で翻弄され不安定ななか、
    どこか希望やバランス感覚を持って生きられたのですね。
    私も萩尾先生の作品の数々が、
    暗闇に射し込む光のようなものであり、
    渦の中でも見失わない大事な何かになっていました。
    なるほど…。希望でありバランサーである。
    なぜ私が、この短編作品に強く魅かれていたのか分かりました。
    たくさんある萩尾作品の名作の中でも、地味な短編なのになぁ?
    自分でも不思議だったのです。
    萩尾先生の作品とりわけ「城」は、
    その要素が凄いですよね。
    10代、20代の人に「城」を讀んでほしい、私も同感です。

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