大自然の中へ飛び込んだ人は、
その後の人生が変わってしまうことがある。
サーファーやダイバーやカヌーイストだったり、
登山者やハイカーやキャンパーが、
大自然のなかにいる時に抱く想いが、人を変容させるのだろう。
自然は時に荒々しい。
海は暴風は吹き大波は立つし、
山なら激流に切り立った崖もある。
テントから出ると降ってくるような満点の星、
はてしない荒野、
潜ると濃くなっていくグランブルーの前では、
ただただ圧倒されて、私は身ぶるいした。
この身ぶるいするような感覚は、
「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる、自然への畏敬の念だ。
驚きに満ちて、神秘的で、
どこか清々しくて、ピシっと背筋が伸びる感じ。
この、大自然への畏敬の念が、
人の心身の健康を一変させることが、最近の脳科学の研究で分かってきた。
トラウマや、人工的な刺激過多等による脳のストレスを取り除き、
本来のイキイキとした五感を取り戻すというのだ。
そういえば、私は若い頃、
一時的に離人症のような症状になったことがあった。
膜越しに世界を見ているようで、何を聞いても触っても現実感がない。
沖縄で言うところの「マブイが落ちた」だ。マブイとは、「たましい」のことね。
そんな私を再生してくれたのは、海であり山だったと思う。
白黒テレビがカラーになるように、
私の世界や五感はイキイキとしたものに変わっていった。
今は街暮らしなのだけれど、
公園の木々のざわめきや、
遊歩道の花壇の花の香り、
聴こえてくる小鳥のさえずりから、自然を感じては楽しんでいる。
さて。前書きが長くなった。
名著「沈黙の春」のカーソン女史の遺作である本書は、
本当に美しい贈り物のような一冊だ。
亡くなった姪の子である、幼いロジャーとともに森や海岸を散策するカーソンの、
自然の描写が詩のように美しい。
自然を前にしたロジャーの驚いたり喜んだりする様子は、
私たちが忘れている「センス・オブ・ワンダー」そのものだ。
「本当に美しいものは目に見えない」と、星の王子様は言ったけれど、
本当に美しいものは、美しさをみつける心だと、カーソンは教えてくれる。
・「センス・オブ・ワンダー」
レイチェル・カーソン著/新潮社